夏の終わり

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「亮太くん、具合はどうですか?少し見ますね。」  亮太くん?先生まで子供扱いして。  首を先生の方へ向けると、その後ろに懐かしいものが見えた。  あのリュック。  高校生の頃、使っていたやつ?  僕は、この状況がなんとなく理解できてきた。 「先生」 「ん?どうしましたか?どこか痛い?」  僕は首をふる。 「今日は、何日ですか」 「今日は、2023年の8月28日ですよ」  僕は絶望した。  僕が幸せだった未来は、まだ来ていない架空の未来だ。  そうだ。あの日、僕は学校で居場所がなくて、ふらふらと気づいたら、中学校に行っていた。  それで、田中先生に会って、でも、そこにも居場所がなくて。  そのあとの記憶はおぼろげだけど、確か、そのまま屋上への階段を登った。  そしたら、たまたま鍵が開いていた。  それで。 「亮太!大丈夫?」  僕の目から、涙が流れる。 「母さん。僕、なんで生きてるの」 「……これから幸せになるためよ」 「幸せな未来は、絶対来るの?僕は、夢で、未来を見たんだ。笑って、今日のことを懐かしいって思っていた。僕は乗り越えたんだって思った。でも目を開けたら、まだ”ここ”に留まっている。今が苦しいのに、今が嫌なのに。これから?これからって、確実なの?確実に笑っている未来が来るって、誰が決めたの?」  母は、僕の問に答えるのをためらっているようだった。  いや、母もわからないのかもしれない。  静まり返った中、先生が口を開く。 「生きるって大変だよね。簡単なようで、大変。だから、君には生きていてほしいなって先生は思う」 「……どうして」 「大人になったとき、きっと君は強くなる。だって、今日の経験はきっと、将来誰かを支える盾になるから」 「盾?」 「あぁ。経験は君だけの特権。今、感じていることも、苦しいことも、同じ気持ちを持っている人からしたら、君が生きて、大人になるというだけで、それは希望だ。」  僕は先生の話がよく分からなかった。 「これからの君を守るのは今日の経験。つまり、君はもう”盾”を持っている。生きるのをやめるなんてもったいない。君には君を待っている家族がいて、希望があるんだから」  母と父は、大きくうなづき、僕の手を握る。 「先生は君のこと忘れない。必死で生きて、今ここで目を開けて、僕と話している君のことを」  先生は優しく微笑んだ。  
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