二日目

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二日目

 入院二日目の朝。  昨日、説明された通り朝食は()らず、代わりに血圧測定や心電図検査の診察があった。  前準備が終わると、本題の錠剤を渡された。  青いカプセルを口に含み、水と一緒に飲み込む。実際に効果が出てくるのは十五分後くらいだろう。  採血は九時半から十三時までを三十分間隔で行う。つまり計七回だ。これが治験の唯一と言ってもいい苦痛な時間だろう。一回当たり、抜かれる血は大さじ一杯分ほどで。問題なのは刺される腕だ。  同じ場所に注射されると血が固まって刺し難くなるらしく、微妙に位置を変えながら針を入れられた。こればっかりは何度繰り返しても慣れない。終わった頃には、ぐったりだ。  少し遅めの昼食は相変わらず豪華で、朝食を抜いていた分、とても美味しく感じた。  午後の採血も(とどこお)りなく。今のところ薬の副作用の症状は見られない。  あっという間に日が沈み――夕食も平らげ、病院の住み心地にも慣れてきたものの。  一つ、新たな問題に出くわした。  空になった弁当を捨てるも、個室内のゴミ箱は容量が少なく、およそ三食分で溜まってしまうようだ。これは共有スペースである待合所に持って行かなければ。  まだ弁当が配膳されてから、そう時間は経っていない。誰にも会わないように捨てるなら今だ。  俺は重い腰を上げ、ゴミ箱を片手に待合所へと向かった。  長い廊下の突き当たり。待合所にはロビーチェアが並んでおり、壁際に大きなはゴミ箱の捨て場があった。  どうやら早弁なのは俺以外にも居たようだ。  よりにもよって浴室で出会った男が、弁当の空箱を捨てていた。俺の足音に気付いたのか、ふっと横目で視線を交わす。 「あ、昨日の……」  やめろ。話かけてくるな。面倒くさいじゃないか、全く。  下手に無視するわけにもいかなくなったので、それこそ昨日のように「どうも」とだけ返した。  淡々とゴミを分別しながら移し替え、その場を去る。いや去ろうとした。 「お兄さん、ここに来るの初めてっすか?」  背中に声がかかる。どういう意味だろう。 「そうですが」 「だと思った。見ない顔ですもんね」  男の発言に、ますます怪訝(けげん)になっていく。俺は素通りするのを諦めて後ろへ振り返った。 「君は?」 「常連っすね。ここの治験、めっちゃ条件いいじゃないっすか。飯は出るし、給料も高いし。もう最高。言うことないっすよね」  それには大いに同意するけれど……普通、治験で参加者同士が交流するなんて聞いたことが無いのだが。 「俺以外もリピーターが多いんすよ、ここ。なんか四か月ぶりに集まる同窓会みたいな感じで。ほとんど顔見知りだったんすけど、お兄さんは初顔だったもんで」  そんなに常連が多いのか。事前に知っていれば断っていたかもしれない。  ああ、どこか聞き覚えのある声だと思っていたら、初日に廊下で話していた奴か。見た目通りの陽気そうな男だ。 「君、大学生?」 「フリーターっすね。治験(こっち)が美味すぎて辞めちまいました。健康な内に稼ぎまくりたいっす。お兄さんは真面目っぽいし大学生っすか?」 「まあ一応は。そうだ、ここの病院に詳しいなら教えて欲しいのだけれど、この先を曲がったところってトイレ?」 「あー、ですね」 「ありがとう」  手短に切り上げて、俺はトイレの方へと歩き出す。  最小限の人付き合いで済むから選んだバイトなんだ、自ら進んで絡む気もない。  トイレで適当に手を洗って、少し経ってから個室へ戻ろう。  幸い、トイレには人気がなかった。夜の病院、それにトイレというシチュエーションは不気味さを感じたが、一時の感情だと思って我慢する。ついでに用も足しておくか。  もう十分な時間稼ぎは出来ただろう。  それなのに――まだ、あの男が待合所に居た。 「お兄さん、トイレに俺の友達(ダチ)って居ませんでした?」  だから話しかけてくるなって。 「見てない。というより誰も入ってなかったけど」 「そこそこ待ってたのに! マジかよ、あいつぅ……すんません、あざっした」  軽く会釈する男は不機嫌そうに、今度こそ待合所を後にした。昨日の浴室で手持ち無沙汰にしていたのも、もしかしたら友達のことを待っていたのかもしれない。  これだから友人なんて面倒なんだ。作るもんじゃない。  ……俺も帰ろう。無駄に疲れた。
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