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あなたにとってのボクは
研究室①と札が掛かった、厳重なセキュリティが敷かれた部屋の向こう。
ドカン、という爆発音がして、時間差で建物の壁が大きく横に揺れた。
揺れはすぐさま収まったが、たちまち燻った薬品の匂いが室内に充満する。
おそらく普通の建物だったら、この時点でけたたましい火災報知器が鳴っているだろう。
けれど、この研究室は違う。
国内でも、最新設備と技術を誇る国内随一の遺伝子研究所。
館内の至るところに等間隔に特殊空気清浄機が設置され、空気中に混じる有害物質や、悪臭などの異変を察知し、一瞬にしてなにごともなかったかのように澄んだ正常な空気へと浄化していく。
しかし、人間同士の間で起こしてしまった、事故のようななんともいえない場の空気までは、どうにも浄化できないようだ。
「博士っ! また新薬は失敗ですかぁ!?」
研究所内すべてのなかで最も権威のある研究所①内では、研究助手マスミの呆れた声が響く。
「ごめんよぉ、マスミくぅん。今度こそ成功すると思ったんだよぉ」
博士と呼ばれた天然パーマを拗らせすぎて、頭上に森を作ってしまったような髪型の背の高い男が、顔の前で両手を合わせて気弱に謝罪する。
これでも我が研究所で一番最年少で、一番優秀とされる博士だ……たしか。
室内は防音措置が施され、密室だ。そのせいか二人の声は壁に反響して、博士のなに言っているのか分からないくらい小さな声でも、おかげで弾むように聞こえてくる。
「博士のその言葉、もう何度目ですか? そろそろうだつの上がらない薬の研究よりも、他の博士のように本来の遺伝子研究に力を入れて、世の医療に貢献してくださいよぉ」
マスミの苦言に、途端に博士の眉間はぴくりと皺が寄る。
いや、この場合もさっとした森のようなヘアーが博士の視界を邪魔して、眉間に皺を寄せただろうという表現のほうが正解だ。
白衣にゴーグル姿で嘆いたマスミは、この年若い博士の助手になって早五年になる。
それまでは、同じ研究所のさまざまな博士の下で助手として動いてきた。
実はうだつが上がらないのは、三十を過ぎても万年助手のままであるマスミのほうなのだ。
だけれど、目の前のこの愛おしい博士を前にすると、どういうわけか自身の立場を忘れて、つい突っ込みをしたくなってしまう。
この現象がなんなのか。
五年も博士の傍にいれば、否が応でもこの現象の意味に気づいてしまうが、それを告げるのは、この実験が成功したあとでだろうと思っている。
「うだつの上がらないって、どういうことだい?」
唐突に博士は、ギラついたオーラをかもし出す。
それから十五センチも博士より背の低いマスミの顎を親指で捉える。
瞬間、マスミの胸は激しく高鳴った。
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