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「私がいつ、うだつの上がらない研究をしているって言うんだい? え? マスミくん? この研究が成功すれば、世紀の発明だ。世の中に孤独な人間はいなくなるんだよ!」
まるで博士は意中の人を口説くかのように、くいっとマスミの顎を上へ向けた。
そうして森ヘアのなかに潜んでいる切れ長の瞳に、鋭く射抜かれたような錯覚を覚える。
そう。
マスミよりもだいぶ年下の二十代半ばの博士は、こと自分の趣味の研究についてだけは、人が変わったように熱くなるのだ。
たとえるなばらば、もさっとした森ヘアーをすべてそぎ落とし、尖った葉を持つシャープな木だけを一本、頭上に残したような人物となるのである。
わかりずらいたとえ話となってしまったけれど、とにかく博士は研究所で頼まれている表向きの研究より、自身が小さい頃からやりたいと発奮していた研究になると、新芽が芽吹くように生き生きとするのだ。
そんな博士の姿を見るのが、マスミは好きだった。
いや、そんな姿だけじゃなく、博士のすべてが好きだった。
「だって私の作った薬が成功すれば、私のように誰からも愛されない、孤独な人間は撲滅されるのだから」
ふん、と鼻息荒くした博士は、白衣の上からむちっとした逞しい自身の胸を意気揚々と叩く。
すかさずその仕草に、マスミの胸はきゅうと熱くなる。
やっぱり博士は、どんな姿でも、どんな仕草をしてもかっこいい。
むしろ日頃の気弱な性格と森のような髪型のせいで、研究所では忌み嫌われる不気味なマッドサイエンティストと呼ばれているが、マスミは第三者が抱く博士の印象はそれでいいと思っている。
博士のすべてを知るのは、マスミだけでいいのだと。
実は、博士の上背は一八〇以上ある。
朝から晩まで研究室に籠っているくせに、なぜか全身はちょっとしたアスリートのように鍛え上げられているのが白衣の上からでも分かる肉体美を持つ。それから研究所で一番優秀な博士になるくらいだから、当然頭脳明晰でもある。
マスミは「うだつの上がらない研究」だと口にしてしまったが、なにより自身の趣味の研究について追及するときの、野性味溢れるワイルドなギャップはひどくたまらない。
現在博士の助手を務めるマスミは、元々研究者志望としてこの研究所で採用されていた。
しかし、思った以上にマスミ自身の研究は伸び悩み、万年助手のまま停滞していた。
結果、どの研究室の博士からも、自身の指導の悪評が立ったら……と敬遠される始末。
そうしてマスミが、たらい回しの最後にたどりついた先が、研究所内で一番名誉ある研究室①で、研究所イチ変わり者とされた――博士のもとだったのだ。
噂での博士は、超が無限につくほど多忙であるくせに、今まで助手をひとりもいないことで有名だった。
おそらく変人だから、助手が長続きしないのだろうと。
だからこの辞令が下ったとき、マスミは実質この研究所からクビを宣告されたようなものだと覚悟をした。
けれど、実際には違っていた。
研究者としてのマスミの素質を否定するどころか、助手のマスミに対して誠実であり、将来の研究者として育てようとする気概が自然と伝わってくるのだ。
たしかに、冒頭のようなやり取りは常日頃あったりする。
しかし、それまでの研究室の博士たちとは違う空気が、博士からの愛のようなものを感じるからこそできるやり取りであって……。
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