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だから、いつの間にか博士からのその愛を感じてしまったらもうダメだった。
当然のように、マスミは博士のことを好きになっていたのだ。
成人男性にしては平均にも満たない背丈に、それほど美しい顔でもない、むしろミソッカスで、しかも万年助手でしか研究所に居場所のない、いいところなしであるマスミを名前で呼ぶ、奇特で優しい男のことを。
博士は、生まれたときに両親に捨てられ、孤児院で孤独な幼少期を過ごしたらしい。
世話になった孤児院でも不遇な扱いを受け、博士は他者からの愛を一切受けることなく、愛というものに強い憧れだけを抱いたまま、自分だけの世界に没頭できる研究と出逢い、やがて優秀と呼ばれる研究者の仲間入りをしたそうだ。
優秀だからこそ、孤独で悲しむ人をひとりでも減らすために、世の中が愛に満ちた――人に愛される薬を作りたい。
そう願って、博士は別の遺伝子研究で、史上最年少で世界に名をとどろかせ、自由に自身の好きな研究をしても咎められないポジションを五年前に手に入れたのだ。
けれど、マスミはその研究を手伝う内に気づいてしまったのである。
博士は決して孤独ではないことを。
こんなにも近くに、博士を愛する人物――すなわち、マスミという存在がいるということを。
無意識にマスミは博士の両手を取っていた。
そうして上から包むようにぎゅっと握る。
「博士は孤独なんかじゃないです!」
それからいつもだったら心のなかで堪えていただろう言動を、本人を目の前にして、直接発奮させた。
森ヘアーの下で、博士の瞳が大きく揺らぐ気配がする。
それから信じられないとばかりの気配を漂わせ、博士はマスミの顔をじっと見つめた。
だからマスミも握っていた博士の手を、負けじとぎゅっとさらに強く握り込んだ。
「薬なんて作らなくても今の博士は孤独じゃないし、かえって薬で操作された愛なんて虚しいだけです」
言いきったマスミを前に、ふいに森ヘアーの下で静かな火山活動にも似た感情を、ふつふつと煮えたぎらせているのを察した。
証拠に、唇をへの字に噛んだ奥で、微かにギリギリと歯ぎしりをする音がする。
途端、その様子を目にしたマスミは慌てて弁明した。
それが告白になってしまう――と、わかってはいたけれど。
けれど、博士には誤解したままでいてほしくなかった。
だから、言うのだ。
伝えるのだ、マスミが。
「そうじゃないんです! 博士を愛する人はすでに周りにたくさんいるってことを言いたかっただけなんです!」
握った手をぶんぶん上下に振りながら、マスミは全身で博士へ「伝われ!」と願いながら伝えた。
「……変わり者で暗い私を愛する者がいるなんて、」
いじけたように博士は森ヘアーを力なく左右に振った。
負けじとマスミも握った手を、もっともっと強く握る。
今まで博士からもらったたくさんの愛が、博士自身に伝わるように。
「まず、俺が博士のことを愛しています」
「え?」
森ヘアーのなかで、博士の瞳が大きく見開かれるのを確認した。
明らかに動揺している。
「マスミくんが、私を?」
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