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「そうです。ボクは博士のことが好きです。大好きです」
信じられないとばかりに、森ヘアーの下に隠された瞳が大きく見開かれた。
「だから、博士は孤独なんかじゃありません」
マスミは博士の目の辺りをまっすぐ見据え、一言一句、はっきりと事実を伝えていく。
言いきってもなお、博士はまるでキツネにつままれたような、どこか他人事のような顔をして惚けていた。
博士の口がなにかを喋ろうとして、唇だけがただ小さくハクハク動いている。
ああ、この人は本当に愛というものには無縁だった人なのだなあと、マスミは思った。
うんと背の高い博士が、今は小さな子どものように見えて愛おしい。
だったら助手として自分がやるべきことは、薬の効果によって得られる疑似の愛ではなく、本当の愛を博士に信じてもらうことだろう。
そして、今までたくさんもらった愛を、愛として博士にお返しするのだ。
だから、博士のその孤独をマスミが愛で包んであげるから。
本当は抱き締めたかった。
けれどそれでは博士が、さらにマスミからの愛を疑いそうで、包んだ手に力を込めるだけに留めておいた。
「ボクのほうが博士よりもだいぶ年上ですが、博士がダメなボクを五年間ずっと傍に置いてくれたように、ボクはこれから博士が嫌だって言っても、博士の傍に居続けて愛を与えさせてください」
「……マ、マスミ、くんっ!?」
激しく動揺しているのだろう。博士の声が裏返る。
「だからその薬の開発は、もういりません」
「い、いらないって……」
博士は脅えるような空気を全身にまとい、一歩後ろに後ずさろうとする。
しかし両手はマスミに捉われたままだ。
後ろに下がることができず、焦りの色が表情に滲む。
どうしたら目の前にいる、愛不信者へと愛が届くのだろう。
「薬なんてなくても、ボクが博士の薬代わりになります」
ひどく混乱し始めた博士を前に、マスミの身体は勝手に動いていた。
「マスミく、」
驚愕に両肩を強ばらせた博士の、しなやかな筋肉のついた体躯にマスミは思い切って抱きつく。
「過去はそうかもしれません。でも、これからは違います」
抱きつきながら、マスミは遥か上に顔のある博士の顔を熱っぽく、真剣に見つめる。
そして次の瞬間、腰にまわしていた手を両肩に回して、できる限り背伸びをした。
「え……?」
間近に迫ったマスミの顔に、この次になにが起きるのだろうか予測できていない博士の顔が、なぜか憎らしい。
しかしかえってそれは、マスミの好きなように博士を愛することができるという証拠だ。
「博士、ちょっと静かに」
マスミは囁くように告げると、互いの吐息を感じられるほどさらに二人の距離を縮め、唇を重ねた。
重なり合った唇から、高熱を帯びたときのように、全身の血液が一気に沸騰していく。
耳の奥のほうで、ドクドクドクと鼓動が早く脈を打つ。
うるさい。
うるさいけれど博士を想って脈打つその音を、マスミは嫌いにはなれなかった。
むしろ愛を伝える喜びのように感じられた。
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