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触れるだけの口づけを解いて、マスミは地面に踵を降ろす。
全身を強ばらせていた博士と偶然視線が合致して、マスミは上目遣いに微笑む。
「ボクという存在自体が、博士が求め続けていた新薬の代わりになるのでは……ダメですか?」
困惑の色を滲ませている博士が、マスミの言葉に大きく目を二度瞬かせる。
無理もない。
今まで心血注いできた研究を、マスミが中止させようとしたのだから。
長らく密かに温めていた想いを口にしたせいか、たしかに愛とはほど遠い、思いやりに欠けた発言だったと、瞬間的にマスミは反省する。
上司の私的ではあるが、熱を込めていた研究を否定し、ましてや一方的に愛を迫るなんて、なんたる失態なのだろうか。
合わせる顔がない。
忸怩たる思いに苛まれたマスミは、俯きながら博士に背を向けた。
「……って、ボクの発言も直球すぎました」
だから自分の研究はうまくいかないんだとマスミは痛感し、両手で顔を覆いながらずるずると頽れるように床に座り込む。
「すべてがこんなふうに独りよがりだから、研究も、それまでの指導博士ともうまくいかなかったんですよね、ボク」
ああ、きっと今日で博士の研究室もクビだ。
たらい回しにされてきたマスミには、博士の研究室を回顧されたら行き場はどこにもない。この研究所自体と、お別れだ。
博士が優しいから、ずっと何年も傍に置いてもらっていたのに。
マスミが一方的に博士の愛に救われたからって、同じように博士がマスミの愛に救われるとは限らないのだ。
博士との楽しかった研究の日々が走馬灯のように頭を駆け廻り、自身の行動をひどく悔やんだマスミの目頭は、とめどなく熱いものがこみ上げてくる。
背後で巨躯がごそごそと動くような気配がして、今度はマスミのほうが身体を強ばらせた。
「……マスミ、くん」
名前を呼ばれたマスミは覚悟を決めるようにぎゅっと目をつぶり、立てた両膝に顔を押し充て、両手で耳を塞いだ。
「マスミくん」
ふたたび博士がマスミの名前を呼んだ。
凪のような、優しい声で。
「ごめんなさい、ごめんなさい、博士の大切にしてきたことを否定ばかりしてごめんなさい」
申し訳なさが上回り、マスミはそのままの姿勢で何度も何度も謝罪を繰り返す。
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