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いつの間にか困惑した気配の博士が、マスミの前に回り込んでしゃがんでいた。
そして塞いだ耳許の近くに唇を寄せ、おっとりとした低い声に確信を突かれる。
「マスミくんの勇気を出したその告白は、全部うそだったの?」
反射的にマスミは、ぎゅっと閉じた瞼を少しだけ開けて顔を上げる。
森ヘアーの下で柔らく微笑む博士と、ぼんやり視線が合ったような気がした。
それはマスミの無礼な発言に対して怒っているようなものではなく、むしろ心配そうなものだった。
「でも発言に虚偽があれば、いまマスミくんは泣いてなんかいないよね」
博士は覗き込むように顔を傾け、マスミの瞳からこぼれ落ちる雫を、濡れるのも構わず指の背で拭った。
博士は、怒っていない……?
「……ぁ」
博士の指が濡れちゃう、そう口にしようとしたが感情が昂って、マスミはしゃくりあげることしかできなかった。
いい大人だというのに、職場で泣いてしまうなんて情けない。
しかも愛をはき違えて一方的に押しつけてしまった、好きな相手の前で。
「たしかに私は幼い頃、両親に捨てられて孤児院で育ちました。それがきっかけで本業の研究の傍ら、人から愛されるための薬を開発する研究に没頭してきました」
博士はマスミの額に張りついていた前髪を、涙を拭っていないほうの手で優しく掻きあげる。
「周りは私のことを人間味のない変わりものだと言って寄り付こうとしないですが、薬がいつか完成すれば、自分はもうひとりじゃなくなるんだって。今の孤独はいっときだけのものなんだって、そう思い込んで研究に人生を注いできたのです」
でもね、と博士はマスミの目をしっかり見据えて喋り出す。
それは研究に没頭しているときと同じ、真面目な顔をしていた。
「正直、マスミくんを私の研究室で見ることになったときも、面倒だなあとは思っていた」
吐露された博士の言葉に、びくっとマスミは肩を揺らす。
その反応に博士は苦笑する。
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