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「五年一緒にマスミくんといたら、今度はいつか私のもとを巣立っていく未来を想像して淋しくなったんですよ」
「……え?」
目を大きく見開いたマスミの喉奥から、掠れた声がこぼれた。
どういうこと、と声にならない問いが唇から生まれる。
「つまりは私の研究の目的が、いつの間にか変わっていたってことです」
「変わって、いた?」
震えながら博士を見つめるマスミの両肩に、愛を押しつけてしまった男の両手が慈しむように置かれた。
その両手の置き方が優しくて、マスミは怪訝そうに博士に視線を向ける。
「そうです。マスミくんがいつまでも偏屈な研究者である私の傍にい続けてくれることこそが、私の新薬の開発の目的となっていたんです」
「ウ、ウソ……だって」
信じられない博士の発言を頭のなかで噛み砕くように反芻したマスミは、その意味に気づいて、やがて別の意味で全身を震わせた。
「ウソじゃないです。ただ、記憶のなかで誰かに愛されたという経験がないので、熱烈なマスミくんの告白を受けたのに背を向けた姿に淋しさを覚えてもしかしてこの気持ちは、と疑って初めて気づいたんです」
「それって、つい先ほどのことじゃないですか」
真剣に耳を傾けていたマスミは、がっくりと肩を落とす。
次の瞬間、博士は自身の白衣の胸に引き寄せるようにマスミを抱きしめた。
「ですが、無意識にはもっと前から大切に感じていました」
マスミの背を大きな手があやすように行き来する。
その手の感触が思いのほか心地よい。
博士は偏屈で孤独だと自分のことを言うけれど、本当にそうであったとしたら、こんなふうにマスミのことを思いやれる行動が取れるわけがないだろう。
「あともうひとつだけ謝らないといけないことがありまして」
申し訳なさそうに博士が言い出す。
けれど、少なくとももうクビを宣告されることはなさそうなので安堵する。
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