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惚れ薬
「惚れ薬、作った!」
そう言いながら、友人のヤスは自分の部屋のドアを開け、オレンジ色の液体が入ったグラスを僕に差し出してきた。
その液体からは、どんより甘い匂いがする。
一緒に勉強しようって僕を自宅に招いたくせに、自分は部屋に入らずキッチンで何かをしていると思ったらこれだ。
惚れ薬って……何を考えているんだ?
僕はグラスを受け取って、じっとヤスを見つめた。彼はどこか照れくさそうに頬を掻く。
「三ヶ月、成分を考えて今日初めて作ったんだ。自信作!」
「成分って……」
まさか、違法なものでも入っているんじゃないだろうな?
困るよ、今年はお互い大学受験があるのに、そういうのは……というか、三ヶ月もこれを作るのに研究みたいなことをしていたのか。勉強しろ。
「これ、何が入っているの?」
「……ふふふ」
僕の質問に、ヤスは得意そうな顔で答えてくれた。
「ベースは、オレンジジュース! そこに、どろどろになるまで溶かしたレモンのキャンディーを五粒! それからハチミツとメープルシロップ……」
「ま、待って。これ、薬なんだよね?」
全部、スーパーで売ってる安全な食べ物だ。
それを混ぜただけのものって……薬とは言えないだろう。
いや、それ以前に……。
「僕の好きなものばっかり入ってるけど……どういうこと?」
「……っ!」
僕の指摘に、ヤスは顔を赤くした。
「だ、だって……お前、甘党じゃん!」
「え? まぁ、そうだけど……」
「だから、お前の好きなもの全部入れたら……効果があると思って、その……」
ああ、そういうことか。
僕は吹き出す。
そして、手に持った「惚れ薬」をひとくち飲んだ。
げえ、甘すぎる。不味い。
「うん、ヤスのことが好きになっちゃった。効いたよ、この惚れ薬」
「な……馬鹿にしてるだろ!?」
「してない。もうメロメロだよ」
言いながら、僕はグラスをそっとヤスの勉強机に置いた。
こんなの飲まなくたって、僕はね……。
「大学受かったら、デートしようよ」
「で、デート!?」
「パフェ食べに行きたいなぁ」
僕の言葉に、ヤスはますます顔を赤くする。
「俺から誘おうと思ってたのに! その……初デートは……」
「その前に告白は?」
「そ、それは、惚れ薬で……」
「ちゃんと言ってほしいなぁ」
「う……す、好きです……お前のこと」
「ふふ」
あーあ、本当は受験が終わったら僕から言おうとしてたのに。
ま、いっか。
僕は微笑む。
「僕もヤスが好き」
「え……惚れ薬の効果で?」
「違うよ。その前から」
「えっ……そう、そうだったのか……!」
「だから変なもの作る研究はもうしなくて良いよ」
「う、うおおお!」
勢い良く僕に向かって飛び込んで来ようとしたヤスを、僕は受け止める……のではなく、避けた。ヤスはそのままベッドに沈む。
「い、痛い……なんで避けんの!?」
「そういうのは、受験が終わってからで」
僕の言葉にヤスは目を丸くする。
「なんで!? ハグしたい!」
「駄目」
「ちゅーは!?」
「駄目」
「えっちなことも!?」
「駄目に決まってる」
「そんな……」
絶望を見せるヤスを見て、僕はまた吹き出した。
「今は目の前のことに集中!」
「うう……」
「ちゃんと受かってから、ね?」
「……了解」
ヤスは起き上がって、何を思ったのか、机の上の「惚れ薬」のグラスを取ると、中身を一気に飲み干した。それから、眉を歪めながら言う。
「うへぇ。良薬は口に苦し」
「薬じゃないし」
顔を見合わせて笑い合った。
卒業してからも、進学してからも、就職してからも……こんな楽しい時間を過ごせますように。
空っぽになったグラスの横には、たくさんの受験対策の本が並ぶ。
今日からは、お互いより一層、受験に集中出来そうだ。
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