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魔女の薬
たまたま通りかかった裏通り。そこにある一軒の店。
普通に歩いているとただの廃屋だと思い気づかなそうである。
その店を見つけた私は、何かに導かれたようだった。
入口には『薬』とだけ。
「失礼しまーす……」
自分の声は古い扉の開く軋み音にかき消されそうだと思いつつ、ゆっくり私は中へと入る。
中は思いのほか広かったが、一般的な薬局と言った雰囲気ではない。
むしろ童話にでてくる魔女の家といったところだろうか。
棚には、生き物が漬けられた液体入りのビン。そして私の目の前にいるのは……。
「いらっしゃい」
まさによくありそうな黒のローブに身を包んだ老婆が、私の方に目を向ける。
いやフードを深く被っており目は見えないが……。
「え、えっと……」
入ってみたのはいいが、私は別に薬が欲しいとかいうわけではなかった。
ただ、雰囲気とその場の勢いで入ってしまったからだ。
しかし老婆はこちらをじっと見るような素振りを見せると、棚からひとつの小瓶を持ってきて私にくれた。
「お前さん、××症にかかってるね?」
「!」
その言葉に私は驚くしかない。
『××症』……数年前から流行っている謎の病だ。いや病と呼べるのかはよくわかっていない。
ただ、そのウイルスに感染したものは突然、謎の苦しみで死に至るという。
しかもその発作はいつ起きるかわからないというのだ。
「薬なんてないという話ですが……」
その言葉がすぐに口から出てしまっていた。
「世間一般ではねえ。だけどこれは本物さ……。試しに飲んでから検査を受けてみるといい」
老婆はそう言うと私に小瓶を押し付ける。
「あの、料金は……?」
「いらないよ。ただし……」
老婆のフードがずれ、鋭い視線が私を射抜く。
「その薬のことは口外しちゃいけないよ」
「え……?」
何故、と言おうとして私の意識は途切れ、目が覚めたら私は自宅の布団の上だった。
夢かと思ったが私は手に小瓶を握りしめていた。
小瓶を開け、中の液体を飲み干す。特に味はしなかった
数日後、病院で検査を受けた。本当に××症のウイルスは消えていた。
病院の先生にしつこく問い詰められたが、老婆の言葉を思い出し黙っていた。
しかし――
「××症が治ったってマジ?」
幼いころからの友人に質問された。
昔からの仲と正直に答えたのが運の尽き、質問攻めが始まってしまう。
おまけにそいつが口が軽いのを忘れていた。数日後には私が××症が治ったことが広まってしまった。
「で? マジでなんでなんだよ?」
何度目かの問いに、私は投げやり気味に、
「〇〇町の裏通りで貰った」
と、答えてしまった。
その時――
「言ってしまったね」
「……え?」
まるで時が止まったかのように友は動かない。
そして後ろにはあの時の老婆がいた。
「お、おばあさん……」
「あんたも約束を守れなかったね」
急に私の体が苦しくなる。これは××症の症状……?
「何故、ワシが××症の薬を持っているかわかるかい?」
苦しい……質問されているようだが、声が出ない。
「××症を広めたのはワシだからさ」
何か衝撃的なことを聞いた気がする。しかし苦しくて頭が回らない。
「××症は別にほっといても死にはしないんだよ。じゃあ何故死んだ事例があると思う?
それが、あんたにやった薬さ。あれを飲むと症状がおこるんだ。
約束をしばらく守れれば、こっちの本物の薬をあげるたんだがねえ」
「なぜ……そんなことを……?」
苦しい。しかしそれだけ口に出す。
「ワシは魔女だよ。理由がいるかい?」
老婆が、倒れた私を見下ろす。
「まあ、昔にワシの薬の研究を追放した、この国への復讐なんだがねえ。ん? 死んだかい?」
その日のニュースに××症の被害者が一人増えたことだけが発表された。
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