灯る精

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 海からぽこっ、とそれが生まれたのを見た。  その日はよく晴れていて、太陽の棘が家の板壁の隙間を貫くほど、明るい昼間のことだった。  サコは戸口の外で洗濯をしていた。洗濯板に手ぬぐいやら着物やらをガシガシやって、絞ってから伸ばして干す。いつもは背中に背負っている妹は、今日は日差しが強いので家の中に寝かしている。今はぐっすり眠ってくれていて、洗濯に集中することができた。  タライを壁に立てかけて、丸めていた背中を伸ばしたとき、サコはそれを見た。  サコの家は小高い丘の上にあって、正面には海が広がっている。分厚い青を横たえ、内部に巨大な命を大量に抱えた水から、何かが空に向かって垂直に生えている。洗いざらしたような白一色だが、清潔な白特有の眩しさというものはなかった。  サコは目を見開くでもなくすがめるでもなく、ただそれが芽生えるのを眺めた。  それはある程度の高さまでまっすぐに伸び、突然ぶつりと切れた。それは玉になった。切断された玉から下は、次第に透けていきながら海へ落ちていった。玉は浮き続けた。  海まで行ってみようか。サコは思った。  あの玉は海の上に浮かんでいるが、浜からそう離れていない。この丘を下って、波打ち際まで行けば、よく見えるかもしれない。  泣き声が背後でサコを呼んだ。妹が目を覚まして、目の前が母も姉もいない天井だったことが嫌で泣いている。  返事をしながら、戸口へ向かう。家に入る前に海へ振り返ると、眩しい白が閃くのが見えた。燦々と照る日の光を弾きながら、白い海鳥は中空に留まっていた玉をかすめ取り、飲み込んだ。海鳥は旋回しながら次第に海面へ着水した。波に身を任せて上下している。  自身も波に揺らされている心地がしながら、サコは妹をあやしに家の中へ入っていった。
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