灯る精

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 父は海に出て漁をすることが多く、その間に母とサコは小さな畑の世話をしたり、山や森で芋を掘ったり野草を摘んだりなどをする。それがサコの家族の食料を得る方法だった。  その一方で、たまに父は自作の弓と罠を携えて狩りをする。弓矢は長距離を飛ばせるものではないため、罠で捕まえることが多いが、それでも父は弓矢を毎回持って行った。  その弓を持ち、サコは橙色に熟した空を見据えていた。  誰かが空で盛大な焚火をしているような夕暮れの中を、一羽の海鳥がよろめきながらフラフラと飛んでいる。その飛び方は緩慢で、腹が下へ沈んでいくのに逆らって無理に翼を動かしているというていだった。  白い腹を持て余した海鳥はそれでも海を越え、丘の上まで近づいてきた。これで落ちても溺れることはないだろう、サコがそう思ったように海鳥も陸の上ではさらに弱々しい飛翔になり、地面との距離が狭まっていく。  サコは体から力を抜いたまま、海鳥を目で追う。  海鳥は少女の存在に気づいたのか、丘の上で着地することを諦めたように、サコの頭上までは飛び続けようとする。  ついにサコの斜め上まで達したとき、サコは弓をつがえた。サコと海鳥との距離はサコが跳ねても手が届かない程度だ。サコは狙いを定めることもなく、弓を放った。  骨を研いで作った(やじり)が海鳥の腹部に刺さった。翼の動きが止まり、そのまま落下する。  目の前に落ちた獲物はすでに絶命していた。サコは自身の放った矢を引き抜き、腹にできた穴に指を突っ込んで身を開いた。  内臓や骨格の間を縫うように、玉がずるりとサコの手のひらに滑り落ちてきた。  血濡れた手の上にそれを載せ、サコは昨日から頭の中を占拠していたものの実物をまじまじと観察した。  それは膜で包まれた液体だった。固体は入っていないようだ。大きさは海鳥の卵くらい。  これが海の中から生まれ、海鳥に飲まれたのか。  噂で聞いた話と照らし合わせてみるが、無駄だった。対岸の村も、栄えた町も、それを手に入れた経路がそれぞれ違っている。対岸ではそれは山に落ちていたという。町では空から降ってきたり、地面に埋まっていたり、人から購入したりと様々だった。  とりあえずサコは玉を洗うことにした。川から汲んできた水を取りに行こうとしたとき、手の中がぶるりと震えた。  海鳥の血で染まったそれが破けている。中の水が出てしまう、と咄嗟にもう片方の手で受け止めようとしたが、果たして出てきたのは液体ではなかった。  それには感触がなかった。  重みが全くなく、空気を手に載せているような虚無感ばかりがそこにある。ただ、それは段々と赤みを帯びてきて、何となくだが温かい気もしてくる。手触りは感じなくとも、確かにサコはそれが存在しているのを確認した。  これは火だろうか。かまどの火を切り取って見えない箱に閉じ込めたもの、という感じが一番しっくりきた。ただ、それは火と違って伸び縮みしない。茫洋とした球体を成して手に収まっている。  サコは夜が来るのが待ち遠しくなった。
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