灯る精

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 ノウタの両目は燃え続けていた。  床に寝かされ、目には布が巻き付けられた状態で、彼は呼吸も荒く呻いていた。掻きむしってしまわないよう、両手は脇腹に拘束されている。  少年の傍には彼の母親がつきっきりで看病し、たまに水をかけたり飲ませたりしていたが、回復の兆しは見られなかった。  サコは毎日ノウタを見舞ったが、いつも言葉が出てこず、ただ近くに棒立ちになって横たわる友達を見下ろしているだけだった。日が暮れるか、彼の母が帰るように言い出すまでそうしていて、帰るときも無言で立ち去る。苦しみにもだえる少年を眺める亡霊のように、サコは空虚になっていた。  灯は今もサコの家の戸口に浮いている。ノウタの瞳が燃えてから、全く動く気配がなかった。それでもサコも父母も灯を直視しようとはせず、妹が近づかないように過敏な注意を払った。  ノウタの惨状を見た両親は、急いで彼の両親を呼び、謝罪をしたが、灯について触れることはなく、相手も同じように灯については何も言わなかった。サコを責めることもせず、ノウタの症状を気味悪がることもない。起こったことへの恐怖や嫌悪を息子への心配で塗り固めて隠そうとしているようだった。  サコは未だにノウタに謝ることができずにいる。それだけでなく、一切の言葉を話さなくなった。  家の仕事をするか、ノウタを見下ろすだけの毎日を過ごすうち、サコの心は誰かに押されるように急いてくる。  瞳を治さなければ、ノウタは死ぬだろうと。  あの夜からずっと熱さに苛まれ、たまに気絶することでしか痛みを忘れられない。体の疲労は日に日に溜まってきている。このままでは近いうちに彼はこの世を去ることになる。  私のせいだ。サコは目の前が真っ暗になる気がした。昼の日差しの中で、自分一人が暗闇の中にいる。  私がノウタに灯を見せたから、ノウタの瞳が燃えたんだ。私が灯を戸口に浮かばせたから、灯はノウタの瞳を燃やしたんだ。私が海鳥から灯を取り出したから、灯は友だちに害を与えたんだ。  サコは今どこを歩いているのかわからなかった。ノウタの見舞いに行くために丘を下っているはずだが、自分の足が平坦な道にあるのか、傾斜にあるのか、まったくわからない。  目の前が真っ暗だ。  昼にしか鳴かない鳥の声が聞こえ、海では男たちが漁をする掛け声が響いてくる。鼻からは太陽に温められた青々とした草の香りが伝わってくる。なのに、視界が暗い。  暗闇は怖い。  サコは救いを求めた。  背後の、家があるはずの方向を振り向く。光が失せた黒い世界の中に穴を開けるように、橙色の煌めきが浮かび上がっている。  サコはその眩しさに目を細め、体の向きを変える。  火のような光を発するそれは、本物の火のように揺れていた。風が吹いている。  明かりのさざめきは次第に大きくなり、熱を帯びる。  本物の火ではないか、そう思ったとき、煌めきの周りがぼんやりと、そして間もなく鮮明に見えるようになった。  強風にあおられるように激しく燃え盛る火を瞳に浮かべたノウタが、声にならない叫びをあげている。  何日も叫び続けてかれてしまった喉から悲鳴をひり出してなおも叫ぶノウタの「熱い、暑い」という言葉が耳の内側でこだました。  サコは悲鳴を上げた。  青が広がっている。  息をひゅうひゅう鳴らしながら、サコは青の中に浮かぶ羽毛を見つけた。頭の下に小石がある。横に顔を動かせば草の根元が近くにあった。  身を起こし、丘の下を見れば、海辺の村がいつものように広がっている。  後ろを見れば、サコの苫屋があり、明るい昼間では戸口の灯はよく見えなかった。
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