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prologue
「『ネコ』が逃げたぞ!」
「何匹』だ?」
「『一匹』です!」
「単独脱走か……なら、放っておけ。外の世界で、そのうち野垂れ死ぬだろう」
*
もしも、生まれ変われるなら。
本物の猫に私はなりたい。
雨風を凌げる軒下で気ままに暮らし、時に優しい人間から施しを受ける。
もしも世界が一つでないのなら。
生きながらえながら、そんな野良猫に……私はなりたい。
*
「ママ、大きな鳥さん」
「ほんとねぇ……って。あれ、鳥かしら?」
幼い男の子が頭上を指さし、若い母親は首を傾げる。何気ない親子の会話が引金となり、道行く人々は一斉に天を仰ぐ。
「とんび?」
「猫でしょ、大柄な」
「新種のドローンじゃない?」
歓楽街に立ち並ぶビルの隙間を縫うように、翼を広げた黒い影が飛び交う。否、左右に広げられているのは翼ではなく、人の両腕だ。
「あれじゃね? パタノール」
「それ目薬な。これは、あれだよ。パルクール!」
縦横無尽に空を舞う人影は、意を決したように立ち止まり。三段跳びの要領で弾みをつけるや、最後の大ジャンプを華麗に決めた━━ように見えたのだけれど。
「あ、消えた!」
野次馬たちが、陽の光によって目眩しを受けている一瞬の間に。
鳥のような猫のような人影は、ひときわ背の低い寂れたビルの真上で姿を消した。
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