話し声が聞こえない夜

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話し声が聞こえない夜

 シャワーを浴び終わると家を出るぎりぎりの時間まで仕事を進めた。  家を出て、待ち合わせの予定時刻の少し前に電車が諒が電話で言っていた駅につく。ドアがひらいてホームに出ると、その風景には見覚えがあった。  この駅は諒の住むマンションの最寄りだ。  初めて来た時はタクシーで酔っていたし、帰りもぼけっとしていたせいですっかり駅名を忘れていた。  もし今日の飯が諒の家なら手ぶらでは行けない。待ち合わせの時間まで何か買おうと電話をかけるが諒は出なかった。辺りを見渡すとすぐ近くにコンビニをみつけて、俺はそこで酒や簡単なつまみを買うことにした。今欲しいものは聞けなかったが、諒はそんなに食の好き嫌いがない事は知っている。 「今日、俺の家で良い?」 「あぁ。大丈夫」  時間通り待ち合わせの場所で合流すると、隣を歩く諒からはふわりと良い香りが漂ってくる。電話をかけた時はシャワーを浴びていたのかもしれない。 「どうぞー」  マンションについてドアを開く諒に「お邪魔します」と声をかけて部屋に入ると、そこにはシンプルなのにどこかセンスのいいインテリアが並んでいる。前回は酔っていたせいもあり、部屋のインテリアをじっくり見る余裕などなかった。 「適当にゆっくりして」  諒に促されてソファへ座るが、ふと視線を感じて顔をあげると諒が何か言いたげにじっとこちらを見ていた。 「何?」  そんなにじっと見られていては落ち着かない。早速この間の話を聞かれるのだろうかと緊張しながら諒に聞いてみるが、くるっと背を向けてしまった。  一体何なのかともやもやしていると、キッチンから諒の声が聞こえてきた。 「隈が凄い」 「そうか? 気のせいだって」  実のところ、明日までに提出しなければいけない仕事に今朝まで苦戦していた。なんとか間に合ったが、寝不足で食事は最低限という生活を約一週間していて、当然その間外には一歩も出ていない。 「誤魔化すのも無理なくらいやつれてるから。自覚して生活見直した方が良いよ。はい」  諒が目の前に置いたのは、ささみの乗ったサラダだった。  その呆れ顔を見ると、自分が思っているよりまずいことになっているのかもしれない。 「残り物で悪いけど食いなよ。夕飯は適当に頼もうと思ってたけど、飲む前に何か食べた方が良い」  キッチンの調理器具をみると諒がしっかり自炊していることは一目瞭然だった。一瞬、やはり家族持ちは違うなどとと感心したが、よくよく思い出せば、諒は昔から自己管理をきっちりする男だった。 「ありがとう。いただきます」  有難くいただいたサラダはおいしく、さっぱりした味が疲れている体にちょうど良かった。久しぶりにまともな食事をとった気さえして、やはり自分の食生活はよくないんだろうと自覚せざるを得ない。  その後は二人で何を頼むか決めて注文すると、届くまでの繋ぎで買ってきたつまみをあけて酒を飲んでいた。  だらだらと飲み食いを繰り返すのは外で会っても家で会っても変わらないが、いつもとの違うのはお互いに口数が少ないことだ。俺はともかく、諒は元々お喋りだ。俺相手に変な気を使うことはないが、それでもよく話す。  その諒がこれだけ静かなのは、やはり怒っているからだろうか。 「セノさ、この前の人友達?」  届いた出前を食べ終えて、特に会話もなく酒を飲みながらテレビを見ていたが、諒が前触れもなく本題を口にしたので思わず咽た。 「……友達じゃない」  動揺を誤魔化そうとして、つい中途半端な言葉になってしまった。 「じゃあ、彼氏?」 「違う」 「けど知り合いなんでしょ。あの人とはあまり関わらない方が良いよ」  諒が人の交流について口を出すのは珍しい。  自分より前に座りテレビから視線を離さない諒が、今どんな表情をしているのか俺にはわからなかった。 「セノって相手が強引だと、最終的に面倒になって自棄になりそうだし」  俺の返事を待たずに諒がそのまま言葉を続けるが、内容はまるであの後の俺の行動を表していて、そんなに自分はわかりやすいのだろうかと頭を抱えたくなった。 「メールで言っただろ、あの後は酒飲みすぎて潰れてた」 「へぇ、何もなかったんだ。セノが来た時のあの人の行動で、目当ては俺じゃないってわかったし、次の日までセノと連絡も取れないし。結構心配だったんだけど」  具体的なことは何も言わないが、やはり諒は俺の嘘には気がついているようだった。 「そうか? あいつ諒の事が気になるって言ってたから、お前こそ気を付けた方がいい」 「違うね。俺に手を出せばセノが止めに来るってわかっててやってるんだよ。本当に鈍いな。あの顔を思い出すと苛々してくる」  この話題が始まってからずっと話す言葉が刺々しい。諒がここまで不機嫌になるのは珍しかった。 「わかったよ。あいつとは出来るだけ関わらないようにする」 「出来るだけ?」  やっとこちらを振り返った諒は俺の答えが不満なのか、怪訝な顔をしながら詰め寄ってきた。 「何だよ」 「絶対に関わらない、そう決めて」 「……善処します。諒、お前酔ってる?」 「酔ってない……」  諒は否定するが、少し据わった目が説得力をなくしている。  そもそも酔っていないのなら、もっと自分から離れて欲しい。しかし俺がそれを口に出す前に、目の前まで迫っていた諒が俺の首元に雪崩れ込んできた。  そしてまもなく、規則正しい寝息が聞えてきた。眠ってしまったようだ。  諒が呼吸するたびに、首にかかる寝息がくすぐったい。    今日の諒は機嫌が悪そうではあったが、めちゃくちゃな飲み方はしていなかった。  この間の事がよほど気になっていたのだろうか。
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