売人

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「この本を」  その日の図書当番は彩葉と一緒じゃなかった。もう一人の当番の子がトイレに行っているときに、その男の子は来た。  貸出手続きをしていると、男の子は顔を近づけ、小声で言った。 「彩葉に渡している薬を俺にもくれよ」 「はい、吉田明君。これで手続きは終わりです。貸出期間は一週間ですので、よろしくお願いします」  言われた言葉を無視して、図書委員として行動した。 「おい、聞いてるのか?」 「薬とか、変なこと言われても知りません」 「動画で見たぞ」 「えっ」 「売ってくれよ」 「ねえ、薬の正体、知ってる? 本物じゃないんだよ」 「ああ、わかってるって」  わかっていない顔をして吉田は言った。  めんどくさくなって、私は言った。 「じゃあ、初回は三百円ね」  値段を聞くと、吉田は目を丸くした。  そこへトイレからもう一人の子が帰ってきたので、吉田は慌てて去っていった。  家に帰ると、彩葉の動画を見た。私の名前は出していなかったけど、薬ケースを見せて、仲良しの友達からもらったと言って、嬉しそうに飲んでいた。 「もう、もらったなんて言わないで、あの動画消しておいてよ」  彩葉に電話して削除してもらったが、ネットにアップしたものが消えないのは常識。  おまけに馬鹿な私が吉田に薬ケースを渡したので、注文がどんどん来るようになってしまった。  彩葉が薬を飲みすぎないようにと思っていただけなのに。
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