愚者の毒物

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さて、話は戻るが、私は過去の自分の行いを反省した。アドリアンのような単純な男を懐柔する手段などいくらでもあったというのに、その中でも最も悪手を選んだ己に、ほとほと呆れながらも計画の修正を始めた。 私はこれまでと打って変わってアドリアンとエヴァの恋を応援する風を装って、彼の信頼を取り戻すことにしたのだ。健気な女のフリをして、彼に寄り添い、彼の心を掴んだ。 本当に単純な男だと思う。けれど、その裏表の無さが愛おしかった。純粋で朗らかで、その笑顔、その存在が私にとって、世界で最も尊いものであった。たとえ別の女の下へ行こうとも、最後に私の下に戻って来るというのなら許せるのだ。 『アドリアン様。私は貴方とエヴァさんとの関係を邪魔しようとは思いません。彼女の心を満たしていることを喜ばしく思いますわ』 だからエヴァと共に別邸で暮らすことも許した。アドリアンもその提案に乗り、二人は別邸での生活を暮らし始めた。そして私は彼の負い目をくすぐり、アドリアンと体を重ね、子供を身籠ったのだ。 まさか避妊薬を飲まされているとは知らずに、誘い込まれた別邸で優雅に暮らすエヴァ。私の管理下にある内は、エヴァがゲームの主人公を産むことはない。私の産む娘の未来は守れられるのだ。そしてアドリアンは、いつか私の下に戻る未来への道筋が見えたのだった。 「だけど、まさかエヴァも転生者だったとはね」 ある時、彼女が銀食器を要求したことに、私は違和感を覚えた。 銀食器が毒物に反応することは、多くの平民が知らない事実だ。だって、基本的に高価な銀を手に入れることは出来ない。彼女の生家は裕福な商人の家だが、跡継ぎでもない娘に「毒殺を回避する為に銀食器を使う」なんて話をするだろうか。きっとしないだろう。血生臭い話からは出来るだけ遠ざけたいだろう。 もしも彼女が前世の知識を利用して、自分の死を回避しようとする日本人なのではないかという考えに至った。 だから私は彼女を殺した。エヴァがどんな知識を持っているかは知らないが、彼女が生きている限り、どうにか死を回避して私達を不幸に追いやるかもしれない。ゲーム本編とは逆に私を殺し、ルイーズを虐げるかもしれない。 私から最愛の夫を奪い、何の権利も無く我が家の財産を貪り、賢しらに知識をひけらかす女には、相応の制裁をしようと私は決めたのだ。
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