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二か月後。
疲れ切った顔をした例の娘が、菓子折りを持って蔵居無診療所を訪ねて来た。
「せ、先生に、お礼を言いに来ました」
彼女は僕と一度も目を合わせずにそう告げた。
診療の合間を縫い、受付窓口に先生を呼ぶ。
先生の顔を見た途端に、なんと娘は泣き出してしまった。
「あ、ありがとうございました……。先生のおかげで、無事に志望校に合格できました」
「それはよかった!」
大らかな声を少し張り上げた先生は、娘と熱い握手を交わした。
「親御さんは、喜んでおられましたか?」
「はい。合格が決まってから、母は毎日とても機嫌がいいです。毎晩私に高級アイスクリームを食べさせてくれます」
思わず僕は先生と目を合わせて微笑んだ。
「これからも何かあったら、ぜひお越しください」
先生は菓子折りを受け取って、診察室に戻ろうとした。
だが、彼女はその場に立ったまま。
先生の背中に「──あ、あの!」と声をかける。
「あのお薬は、何にでも効くんですよね?」
先生は優しげな表情と共に振り返って
「はい。万能薬ですから」
と答える。
「だったら、あの……、人見知り、を、治したいんですけど、ダメですか?」
先にお会計を済ませ、先生は薬袋を彼女に手渡した。
「これを飲めば、人見知りも治ります。人と話す機会がある時、用法用量を守って使ってください」
「……あ、ありがとうございます!」
両手で大切そうに受け取った彼女は、軽やかな足取りで診療所を飛び出していった。
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