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薬の調合を任せてもらえるようになったころ、ぼくの両肩に手を置いて母さんは言った。
「いいかい? 丹々。
薬師にとって一番大切なことは、相手を知ること。こちらを知ってもらうことだ」
言われなくたってわかっているよ。そんな気持ちでぼくはうなずいた。
「その人が何に苦しんでいるのかがわからないと、合ったお薬を作ってあげられないもんね」
「ああ。そうだね」
「だけど、母さん。ぼくたちのことを知ってもらう必要があるのは、どうして?」
「丹々、お前は信用のできない相手に自分の命を預けられるかい? 薬だと言って渡されたものが、もし毒だったとしたら?」
「ぼくはそんなことしないよ!」
大きな声を出したぼくに、母さんはやさしくうなずいた。
「もちろん、丹々はそんなことをしない。だけど、口ではどんなことも言えるだろう?」
「ぼくはウソなんかつかないのに……」
「それでもだ。丹々だって、はじめてあった人が嘘をつく人かどうかはわからないだろう?」
「うん……」
「だから、知ってもらう必要があるんだ。心は目に見えるものじゃない。直接触れて、安心してもらうしかないんだ」
「こんなふうに?」
ぼくは母さんの手をとって、自分のほっぺたにあてた。
母さんの手はぼくの手よりも大きくてかたい。たくさん薬を作って、たくさんの人の役に立ってきた証だ。
手のひらにほっぺたを押し付けると、母さんは少しだけ困ったように眉を下げて笑った。
「色々な方法があるさ。触られることが苦手な人もいる。そういう時は言葉や笑顔、行動で示すんだよ」
「うん」
「丹々は真っすぐでやさしい子だ。きっと立派な薬師になる」
「すぐに母さんに追いつくよ。だから、ずっと見ていてね」
「楽しみにしているよ」
甘えるぼくを、しかたないなぁって顔をして見つめる。そんな母さんがぼくは大好きだった。
だけど、母さんはぼくが十一才になった三年前の冬、事故にあって死んでしまった。酷い風邪を引いてしまったぼくのために、山頂にだけ生息する薬草を採りに行った日のできごとだった。
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