1:再会

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1:再会

 ハロウィンの夜から約一ヶ月が過ぎた、平日の夜。  安藤は、再び件のバーの扉の前に立っていた。 (結局、来てしまった……)  『彼』がこの中にいると決まったわけじゃないのに、むしろ居てほしいのか、またはその逆なのか自分でもよく分からない状態だった。  妙な緊張感も相まって、ドアの取手を握りしめたままなかなかそれを前に押すことが出来ない。 (やっぱり、帰ろうかな……)  くるりと踵を返そうとしたら、人にぶつかった。 「っ、すいませ……」 「ん? 兄さん、中入んないの?」 (げっ!)  ぶつかった男には見覚えがあった。正確には覚えていないが、確か黒……黒木か黒田か、そんな名前だったと思う。あの日、最初に安藤に声を掛けてきた顔色の悪い男だ。 「あれあれ? 何、俺のこと知ってんの~?」 「あ、いや、いいえ……すいません、」 「ねえ今から一緒に飲もうよ、ひとりなんでしょ? 奢るからさ」  向こうは安藤のことを覚えていないようだが、若干見つめてしまったため妙な勘違いをされてしまったらしい。 「い、いやほんとに! 帰るところなんで!!」 「だいじょーぶだいじょーぶ、恐くないよ~俺こう見えて優しいからさ~」 (ヤバい、どうしよう!)  この男、相変わらず顔色は悪いが見た目よりも力があるのだ。安藤は無理矢理肩を抱かれて、男と一緒にバーに入店してしまった。 「いらっしゃー……なんだ、アンタか」 「アンタはねぇだろ、俺は客だぞ」 「はいはい、珍しく連れがいるのね。スーツのお兄さんなんて……って、あらあら? 久しぶりじゃなーい!」  カウンターの中にいたバーテンの一人は、ハロウィンのときに安藤に魔法使いのローブを貸し出してくれた男だった。  今日は魔女の仮装はしていないが、相変わらずまばたきのたびに音がしそうな長い付け睫毛を付けている。(仮装していないのに魔女に見える)  このバーテンは安藤のことを覚えていたらしい。安藤は苦笑とも取れる愛想笑いを挨拶とともに返した。 「こ、こんばんは……」 「あん? ママ、この兄さん知り合いか?」 「ていうかその人は……ねえ仁ちゃん! アラッ!? 仁ちゃん今日来てなかった!?」  仁の名前が出て、ドキッとした。  どうして自分の顔を見てすぐに仁の名前が出てくるのだろう? と安藤は疑問に思った。 「仁なら今トイレだよ」  もう一人のバーテンがぼそっと答えた。彼は、あの日ミイラ男の仮装をしていた人だろう。 「あーっ! 優介さん!?」 「えっ……あ……仁、くん」  大きな声で名前を呼ばれて、おそるおそるトイレのある方向に目を向けると、約一ヶ月ぶりに見る彼の姿があった。当たり前だが、仮装はしていない。 「ええ? 兄さんこのガキとも知り合いなのかよ」 「えっと、その」  仁はまっすぐにこちらに向かってきて、まだ安藤の肩に掛けられていた男の腕をバシッと払いのけた。 「ちょっと黒田サン。その人俺の彼氏なんだからちょっかいかけないでくれる?」 「か!?」  仁とはまだ一度しか会ったことがないのに、いつのまに彼氏になったんだと訊きたかったが、今この場で安藤がそれを尋ねられるような余地はなかった。 「はあ? 彼氏って……あ!! どーっかで見たことあんなぁと思ったら、兄さんハロウィンのときの!!」 「ど、どうも」 「だーかーらぁ、感動の再会に水差さないでよ! ねえ優介さん、一旦ここ出よう? 二人きりになれるとこに行こう?」 「え、ちょ、」 「ちょっと仁、あんたそりゃないでしょ! この人まだ一杯も飲んでないのに!」 「あーママごめん、今後ゆっくり二人で来るからさ! 優介さん行こ、ねえ、行こ!」 「うん、あ、えっと、すいませんでし……」  た、と言い切る前に――扉が閉まるのとほぼ同時だった――安藤は仁に、さっきまで立っていたバーの扉の前へと連れ出されていたのだった。
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