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5:訪問
「あー……もう動けないや」
ついに仁がバテたのは、日付も変わって随分経ってからだった。
途中で食事休憩などを挟んだものの、いったい今夜だけで何回セックスしたのだろう。仁よりも年上の安藤は既にバテており、仁の好きにさせていたものの息も絶え絶えだった。
しかし、まだ意識は失っていない。今日は眠るわけにはいかなかった。
「大丈夫? 優介さん」
「な、なんとか……」
「っていうか優介さん明日……ってもう今日か。会社は?」
「……休む」
これから日が昇るまで身体を休めても、マトモに働けそうにない。
こんな人には言えない理由で休むなんて、安藤には経験のないことだが、こんな時のために有給は山ほど取ってある。
むしろこんな時でないと有給を消化すること自体無いので、丁度良かったのかもしれない。
「優介さんの家ってここから遠いの?」
「え? ……電車で3駅だよ」
「じゃあ俺んちの方が近いね。……今から来る? タクシーは使うけど。ホテルより朝ゆっくり出来ると思うよ」
仁の提案に、安藤はキョトンとした顔を向けた。
「え、家にお邪魔してもいいのか……?」
「いいよ、散らかってて汚いけど。とりあえずシャワー浴びようか、立てる?」
「仁、先に浴びてきていいよ」
「そう? 優介さん、一人で平気?」
「大丈夫だよ」
甘えればかいがいしく世話をしてくれそうな仁に、にこりと笑いかける。そもそもこのホテルのシャワー室は、大の男が二人で入れるほどの広さは無い。
安藤は仁がシャワーを浴びている間にゆっくりと身体を起こし、散々攻められて痛みの残る腰周囲をかばいながら、仁と交代でシャワーを浴びた。
*
タクシーで向かった先の仁のアパートは、安藤のマンションに比べるとかなり年季が入っており、壁も薄そうな物件だった。
「ごめんねーボロいところで。ほとんど寝るためにしか帰らないからさ、家賃の安さで決めちゃったんだよね」
「ま、まあ住めば都っていうし……」
「あはは、あんまり都感はないかも。でも住み心地はそんなに悪くないよ、コンビニもスーパーも近くにあるし。駅まではチョット遠いけど」
「そっか……スーパーが近いのは大事だよな」
「ね」
歩く度にギシギシと不快な音を立てる錆びた階段を昇り、二階の突き当りにある仁の部屋へと案内された。
玄関に立った安藤は、そこから見える6畳一間ほどの狭い部屋の中の物の少なさに驚いた。
仁は散らかっていて汚いと言ったけど、いったい何が散らかっているというのだろう。部屋の中央に敷かれた布団は起きたままの形ではあるけども……。
「あがって、優介さん。着替えは俺のスウェットでいい? 適当に座って。あ、何か飲む?」
「あ、あんまり気を遣わないでいいよ、仁。寝に来ただけだし……」
「だって久しぶりの来客だからさ、俺ちょっとウキウキしてるんだ~」
「お邪魔しまーす……」
部屋には布団が敷かれているほか、小さなちゃぶ台が置いてある。それと、部屋の隅に三段のカラーボックスがひとつ。その上には置き時計と写真立てが飾ってあり、中には数冊の小説本が入っていた。
テレビは無く、壁にはどこかの工務店のシンプルなカレンダーが貼ってある。若い男の部屋にしてはあまりにも殺風景だった。
今流行りのミニマリストなのかと思って尋ねたが、仁はそんな種族は知らないと言い、安藤はその物言いに思わず笑った。
「仁、テレビも見ないのか?」
「スマホで見るよ」
「ああ、なるほど……」
今どきの若者だなあ、と何故か少し感心した。
仁はサッと部屋着に着替えると、安藤が着るスウェットも用意してくれた。
「優介さん、何か食べる?」
「いや……もう寝るよ」
布団は一組しかなさそうなので、きっと二人で寝るのだろう。さっきまで裸で密着していたというのに、何故か少し緊張した。
「俺、明日も早いから勝手に出掛けるけど、優介さんは寝てていいからね」
「うん、ありがとう」
「朝ごはんも準備しとくから、よかったら食べてって」
「なんか、何から何まで悪いな……」
まるで母親のようだと思った。仁は年下の男なのに。
「こないだはホテルに置いて帰っちゃったからさ、罪滅ぼしみたいな?」
「それは別に構わないけど……あ、あのさ! 俺明後日も仕事休みなんだ。だから明日の……いや、今夜も会えないかな? あのバーで」
それは、突然頭に浮かんだ提案だった。
「え?」
「あっ、疲れてるならいいんだけど! 今日は何も飲まずに帰っちゃったからさ」
「あー、俺もまた来るってママに言ったしなぁ……いいよ、行こう」
仁の返事にほっとした途端、消えかけていた睡魔が襲ってきた。
「もっと仁と話したいし……でも今夜はもうダメだ、眠い」
「あはは、優介さんまぶたが半分閉じちゃってるよ。早く寝よう」
「うん……」
さっきまで、一緒の布団に入ることに緊張していたのに。
「おやすみ、優介さん」
冷たくて平べったい布団の中で仁に抱きしめられて、安藤は深い眠りに落ちていった。
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