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「まあ、礼には及ばないよ。俺はあいつからお兄さんを横取りしただけだからさ」
「え……」
不穏な単語が聞こえたので思わず聞き返そうとしたが、安藤は青年に肩を抱かれて再び座らされ、聞き返すタイミングを失った。
「とりあえず飲もう!ていうか、ホントにお兄さんひとりなの?」
「あ、うん……」
「そっか、危ないよ。さっきの男は黒田っていうんだけど、危ないクスリやってるとか、変な病気持ってるとかで俺達の間じゃ結構有名な奴なんだ」
「ええっ!?それは危ないところを助けて頂いて……」
「ほんとにね、いくら魔法使いだからって知らない人についてっちゃダメだよ?」
クスクスと笑いながらからかうように言われて、安藤は肩をすくめた。
白塗りに隠れていて分かりにくいが、屈託のない話し方から察するに青年は自分よりも多分年下なのだろう、ということが窺い知れる。
そんな相手に説教――とまではいかずとも、子どもにするような注意をされてしまうなんて、いい大人が恥ずかしい。
「お兄さん、何飲む?」
「え、えーと……」
安藤のカクテルグラスは既に空になっていた。
しかしメニューを手渡されても、すぐに選べるほど安藤はカクテルに詳しくはない。
迷っていると、青年が助け船を出してくれた。
「ソルティドッグは?」
「じゃあ、それで」
「俺のと一緒に頼んでくるから、そこから動かないでね、絶対だよ!」
青年は安藤にひとさしゆびをビシッと向けて命令した。注文してくれるのはとても有難いのだが、なんだか落ち着かない。
アウェイな場所にいるので当たり前だが、よくもこんな体たらくで知らない人間に抱かれようと思ったな……と安藤は自分自身に呆れた。
もう一杯飲んだら青年にお礼を言って、今度こそ帰ろうと思った。
先程彼は顔色の悪い男から安藤を横取りしたと言っていたが、単なる冗談だろう。
「お待たせ!じゃ、乾杯しよ。魔法使いさん」
「うん、乾杯。えっと、ガイコツさん?」
それまでは、この貴重な体験を楽しもう。
そして今後はもう二度とゲイバーなんて来ないぞ、と安藤は誓った。
「お兄さん、俺の仮装わかんないの?」
「え、ただのガイコツじゃないのか?」
確かに燕尾服を着た骸骨は珍しいが、何か有名なキャラクターなのだろうか。
「ガイコツっちゃあガイコツだけど……ジャックだよ!ナイトメアビフォアクリスマスって映画があるじゃん!」
「ナイトメア?」
初めて聞くタイトルだった。安藤は無趣味で、映画はほとんど観ないのだ。
「まあ、そういう映画があるのさ」
「へえ……」
「俺のことはジャックって呼んでよ。お兄さんの名前は?」
「安藤優介だよ」
「ユウスケさんね。……もしかして本名?」
あ、と思った。彼はわざわざキャラクターの名前で名乗っているのに、自分は本名を名乗るなんて、なんだかひどく間抜けっぽい。
「ユウスケさん、真面目なんだね」
またクスクスと笑われて、安藤は罰が悪そうな顔をして彼から目を逸らした。
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