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 何度も絶頂に達し、だんだんと薄れゆく意識の中で、安藤は青年の声を聞いた。 「……本当に、戻れなくさせちゃったらごめんね」  ――何を今更。  あんな強烈な快楽を知ってしまったんじゃ、もう戻りたくても戻れない。 「……それでも優介さんは、俺に抱かれることを選んだよね?」  その通りだ。  だから、謝る必要なんかない。 「そうだ、まだ言ってなかったね。俺の名前、(じん)って言うんだ」 「……じん……?」 「あれ、優介さん起きてるの?」 「そうか……きみは仁っていうのか……」  彼の名前を知ることが出来て良かった。  もう二度と会えなくなる前に。  ――安藤は、そのまま深い眠りにおちた。 ★  目が覚めた時、安藤はひとりだった。  あんなに激しく求め合った相手が、目覚めに隣にいない寂しさを感じたが、しょせん一晩だけの関係だ。  安藤は昨夜、もう二度と二丁目にもあのバーには行かないと決めていたから、再び彼に会うことはないだろう。  しかしそう考えると、なんだか心臓がぎゅっと握り潰されるような感覚がした。 (なんだ、この気持ち……)  ふと目を向けたサイドテーブルに、簡単な置き手紙とキャンディのようなカラフルな包み紙が数個置いてあることに気付いた。  そっと手紙を手に取って、目を通す。 朝早い仕事なので、先に帰ります。(お酒は俺のオゴリだったので、ホテル代は甘えてもいいですか?) ハロウィンは終わったけど、また悪戯して欲しくなったらいつでも会いに来てね。 優介さんなら大歓迎! PS、このお菓子は朝食だよ。いっぱい運動したからお腹が空いたでしょう? かかしのジャックこと、仁。 「……ふはっ」  黙って置いて行かれたと思ったのに、アフターケアまで万全だった。  その周到さに、思わず笑いが漏れてしまう。 (ていうか昨日の仮装、かかしだったのか……)  今度は、手紙と一緒に置いてあった包み紙に手を伸ばした。  包み紙の中身はキャンディではなく、チョコレートだった。中からジュレがトロッと出てきてひどく甘ったるいが、空きっ腹には美味しい。  チョコレートを全て食べ終えると、安藤はぼんやりとした頭で思案した。 (……格好だけだけど、魔法使いは俺の方だったのになあ……)  彼は魔法をかけてくれたけど、いったいどうやってこの魔法を解けばいいのだろう。  舌に残ったチョコレートの甘さが彼の魔法の名残りのように思えて、安藤は幸せな気持ちになった。 ハロウィン・ナイト【終】
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