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安藤はゲイではない。
好きになる相手も、付き合う相手もいつも女性だった。
男性を好きだと思ったことはないし、ましてや付き合いたいなどと思ったこともなかった。
――今までは。
安藤は現在、ゲイバーにいる。単に酒を飲みに来たわけではなく、目的は男を漁るためだった。
しかし初めて訪れた二丁目のとあるバーの片隅で、安藤はひとり途方に暮れていた。
数日前に急に思い立ち、ネットでその界隈について自分なりに調べていたら、とあるゲイバーのホームページで10月末にハロウィンパーティーを行うという案内を見つけた。
誰でも参加可能、当日飛び込み参加もOK、衣装は基本持ち込みだが、当日会場で貸し衣装のレンタルもできる――
これだ、と思った。これくらい敷居が低ければ、初心者の自分でも気軽に参加出来る。
仮装パーティーなので、万が一知り合いがいたとしても素性がバレる心配は少ない。
しかし当日にいきなり飛び入りで参加するのは気が引けたため、安藤はきちんと主催者が示す参加申し込みの指示に従い、投稿フォームに簡単なプロフィールと参加する旨を記入し、主催者のもとへ送信した。
そして本日、安藤は件のゲイバーに会社帰りの格好のまま――すなわちスーツ姿で――来店した。衣装は案内にもあったとおりその場で借りるつもりで、何も用意してこなかった。
しかし。
禍々しいメイクを施し、魔女の格好をした受付の男に衣装を借りたいと希望したら、裏のスタッフルームに案内され、好きな服を選んでくれといくつかの衣装を提示されたのだが、問題はそのデザインだった。
用意されていた衣装は、まるでキャバ嬢が着るような胸が大きく開いたものや、丈の短いドレスばかりだったのだ。
どの服も、とてもじゃないがマトモな成人男性がマトモな神経では着れるとは到底思えないような――会社の飲み会の罰ゲームならいざ知らず――ものだった。
呆然として衣装を見つめたまま、手を付けようとしない安藤に男は言った。
『オカマ用っていうか、どれも男性サイズだからお兄さんでも着れるわよ。もちろんカツラやメイクも別料金でセットしてあげる』
『ハロウィンパーティーっていうから、吸血鬼とかオバケみたいな衣装が用意してあると思ったんですけど……』
『まあ、バケモノになるのは違いないでしょ?』
男の言う通りだった。
安藤のような、女顔でも特別に細身でもない普通の男がこの衣装を着て、そのうえカツラやメイクを施せば、バケモノというかゲテモノの一丁上がりだ。
『他にないんですか?』
『しょうがないわねぇ。お兄さん可愛いから特別よ』
必死な顔で交渉した結果――通らなかったら帰ろうと思っていたのだが――男は奥のクローゼットから魔法使いが着ているようなローブの衣装を出してくれた。
マトモなのがあるなら最初から出せ、と男を睨みつけたが、上下に付いたふさふさの付け睫毛から、ばちんと音が聞こえてきそうな激しいウインクで受け流されたのだった。
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