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【1】芽が生えた!
新学期最初の月曜日の朝。目が覚めたら、頭の上にぴょこんと〝芽〟が生えていた。去年の夏休みに育てたアサガオの芽みたいな緑色の双葉だ。
寝ぼけてるんじゃないかと何度も目をこすってみたけど、洗面所の鏡の中のわたしの頭には双葉が乗っかったままだった。
芽は確かに頭から生えていて、しっかりとくっついているのに、思い切り引っ張っても痛みは感じない。抜ける気配も、葉っぱが取れる気配もなかった。
次に、夢を見ているんだと思って頬や手の甲をつねってみたけど、ちゃんと痛かったし涙も出た。
様子を見に来たママは頬を真っ赤にしたわたしを見て驚いていたけど、わたしはそんなママを見て驚いた。ママの頭には花が咲いていたのだ。
だから今度は、病み上がりのわたしを元気付けようとママがこっそり飾りをつけたのかと思ったけど、それも違うらしい。
「この葉っぱ何?どうやって取るの?」
と訊ねると、ママは心配そうにわたしの額に手を当てて熱を計った。
学校へ行こうと外に出たら、もっと驚いた。マンションのお隣さんも管理人さんも、道を歩いてるスーツのおじさんやお姉さん、学校の先生やクラスのみんなまで、全員の頭に何かしらの植物が乗っかっていたのだ。
まさか町中の人たちが一斉に、わたしにサプライズを仕掛けてるなんて流石に有り得ないし、じっくり見てもカチューシャもヘアピンも見当たらない。頭の植物は髪の毛みたいに、そこから生えてるようにしか見えなかった。
心当たりといえば、風邪をこじらせて3日も寝込んでいたことくらいだけど、高熱を出したら頭から芽が生えるなんて聞いたこともない。
登校してみてわかったのは、頭の植物はわたしにしか見えていないこと。大人の頭には花が咲いたり実がなったり、盆栽みたいに木が生えていて、子どもの頭にはまだ小さな葉っぱしか生えていないこと。そんな小さな芽でも、いろんな種類があって、わたしみたいに双葉の子もいれば、葉っぱが1枚だったり細長い茎が生えている子もいて、少なくとも5年4組の30人の中で同じ植物が生えている人は、ひとりもいなかった。
ーーー最悪だ。いっそ夢であってほしい。よりにもよって、なんで今こんなことに……。
春休み最終日の水曜に熱を出して、下がらないうちに週末になってしまったから、5年生になってまだ登校していないのは、クラスでわたしだけだ。休んでいた3日間のうちに、なんとなくグループが出来上がっていて、教室に入ってくるのも、とっても気まずかった。
みんなの〝この子誰?〟って顔を見なくて済んだのは、人の頭を見ないように俯いていたおかげだけど、俯いたまま一目散に教室の真ん中の席に歩いていく姿は、さぞ怪しかっただろう。ママと職員室に寄って、今年から担任になった葵先生には挨拶できたけど、その間だって、ママや周りの先生たちの頭を見ないようにするのでいっぱいいっぱいで、ロクに話せなかった。
こうしてわたしは今年も教室の空気と同化して、息を潜めて学校生活をやり過ごしていくんだと、新しい席に座って改めて実感する。休んで出遅れたって言い訳があるだけ、むしろマシかもしれない。新学期早々、学校に来るのが嫌になりそうなのだって、頭に変な植物が見えるせいにできる。去年もその前も、学校に来るのなんかずっと好きじゃなかったけど、今は悪夢を見てるからっていう正統っぽい理由があるんだ。
じゃあ、いっか。葉っぱや花が見えてても。そのせいで周りに変な子だと思われても、普通にしてて変だと思われるより、ずっといい。誰とも関わらなくて済むなら、それが一番だ。
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