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花壇のお世話の当番は隣同士の2クラスでペアになっていて、校門や校舎の前など数か所にあるうち、割り振られた担当の花壇を4人で手入れするのが決まりだ。3組の植物係は、お喋りとお花が大好きな桂さんと、全然喋らずに黙々と作業をする安村くんで、生えているプラントも大きな丸い葉っぱと細長い葉っぱで正反対だけど、いつも何か言い合いをしていて、いいコンビに見える。当番が回ってきたのは今日で3回目だけど、4組から参加するのは、いつもわたしひとりだ。
わたしたち5年生が任されているのは、体育館と校庭の間の、水飲み場の横にある細長い花壇で、オレンジやピンクの可愛い花がいっぱいに集まって咲いている。プラントが見えるようになってから、図書室で草花の図鑑を読んだりして勉強しているけど、花壇の花の名前はまだ半分ほどしか覚えていない。ちゃんとわかるのは、マリーゴールドとゼラニウムくらいだ。
教室の掃除を終えてから行ったら、もう3組の子たちが草むしりを始めていたので、慌ててランドセルを近くのベンチに置いて、中からクマのイラストの柄の巾着袋を取り出す。軍手や絆創膏が入っている、オリジナルの〝植物係セット〟だ。
2双ある軍手のうちのひとつを出して、巾着をしまってから両手にはめる。わたしのより少し大きいサイズのもう1双は、比奈森さん用にと用意した物だ。もし急に来られることになった時、軍手がないと困るかもしれないからと最初の当番からずっと入れっぱなしになっている。今日も出番はなかったけど。
「そんでさー、結局みんなで先生に怒られてさー」
「えー、大変だったねー」
校庭で練習しているサッカーや野球クラブの声をBGMに、桂さんとお喋りしながら草むしりをするのは、当番の時の密かな楽しみでもある。手元を見たまま話すからか、草むしりをしながらだと普段より緊張しないで話せるのが嬉しい。
いつものように前回の当番から今日までに起きた3組の出来事を面白おかしく聞かせてくれていた桂さんが、不意に「うわっ!」と声を上げた。向かいを見ると、俯かせた顔の前で頻りに両手を動かしている。
「ど、どうしたの?」
「今ちっちゃい虫がいてさー…花は好きだけど虫は苦手なんだよねー。虫除けのシールも貼ってきたのに、効果なくなっちゃったのかなー…」
シールを貼ったシャツの裾を摘まんで、桂さんはそこに貼り付いている猫のキャラクターを恨めしそうに見つめる。
「わっ、わたし虫除けスプレー持ってるから、取ってくるね!」
花壇に来る前に使ったばかりのスプレーを取りに、返事を待たないで駆け出す。ベンチに置いたランドセルから巾着ごと持って戻り、蓋を開けたスプレーを差し出すと、桂さんは飛び上がる勢いで立ち上がって、軍手を脱いだ両手で表彰状みたいに缶を受け取ってみせた。
「ありがとー!このご恩は忘れません…!」
「はは、大袈裟だよー」
本来、植物係の持ち物に虫除けスプレーは入っていないし、本当は桂さんみたいにシールなんかの身に着けるグッズを使うことになっているのだけど、わたしが特別に虫に刺されやすい体質なので、先生に許可を貰って毎回持参しているのだ。ちゃんと対策しておかないと、近所のコンビニに行って帰ってくるだけで10か所以上も赤く腫れてしまうから、わたしの手のひらより少し大きい、小ぶりなスプレーがお守りのような存在になっていた。
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