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次からはポケットがある服を着てこようと決めつつ、返ってきた缶に蓋を嵌めると、伸ばした両腕を満足げに眺めている桂さんが目に入った。
「いやー、やっぱり薪野さんは頼りになるねー」
「そ…そうかなぁ」
「またまたー、ご謙遜を!」
大人みたいな口振りで茶化して、桂さんは拾い上げた軍手に手を入れながら続ける。
「草取りも丁寧だし、よく気がつくしさ。軍手だって、いっつも2個持ってきてるの知ってるよ?もう1個は比奈森さんの分なんでしょ?」
「えっ」
ちょうど巾着に入れようとしていた缶が、手から滑り落ちそうになる。見せたこともない中身を言い当てて、花壇の向こうの顔はさらに満足そうに笑う。 少し照れくさくて、巾着の紐を引っ張る指に余計に力が入った。
「あの…もし忘れてきても、困らないかなって…」
「うんうん。薪野さんがいたら、比奈森さんも安心だねー。うちの安村なんか、抜いていい草とダメな草も覚えないからさー。今日だって遅刻してくるし、同じ5年生なのに大違いだよね!」
「なんだよ、いきなり…」
急に引き合いに出された安村くんは手元を見つめたままボソッと呟いて、お花の根本と根本の間を掻き分けるように指で触りながら口を尖らせる。
「桂よりは遅かったけど、別に遅刻したわけじゃ…」
「今日だけじゃないでしょうが!こないだだって掃除すっぽかそうとしてさ!」
「あの日は塾が…」
「だったら言ってから帰りなよ!ねー、聞いてよ薪野さん!安村ってばさー!」
そこからはもう桂さんの独壇場で、掃除当番の日に黙って先に帰ろうとした話とか、日直なのを忘れて遅刻してきた話とか、安村くんがいかに頼りないかを熱弁していた。
わたしの横で退屈そうに土を弄っている張本人は慣れているのか、たまに言い返しながらほとんど聞き流しているみたいだった。内容は文句そのものなのに、語っている桂さんがどこか楽しそうなのも不思議だ。
「花壇の場所だってさ、もう3回も来てんのに未だにフェンスの方行ったりするからさー」
「…まだ3回だし」
「下駄箱も覚えてないじゃん!毎日使ってんのに、しょっちゅう4組と間違うし!」
「……」
合いの手みたいに入っていた反論が聞こえなくなって、何かフォローしなきゃいけなかったかなとこっそり横目に窺ったら、
「…えっ?」
と、思わず声が出た。安村くんのプラントの葉っぱが、黒っぽく色を変えていたのだ。
「薪野さん?なんかあった?」
「…えっ、あ…大丈夫」
桂さんに向き直って、今度はそっと視線を向けると、葉っぱは緑色に戻っていた。見間違いだったのかな…。それとも逆光?
気になって、それから時々見てみたものの、葉っぱが黒くなることはなく、草むしりの方は案外はかどったおかげで前回より早くお開きになった。
あまり表情が変わらない安村くんだけど、桂さんのお説教はさすがに疲れたみたいで、その疲労感からか帰りがけに鞄を落として中身を芝生にばらまいてしまって、また怒られていた。
「もー、なんでちゃんと蓋しとかないかなぁ!」
「自分で拾うって…」
「あ、そっち筆箱落ちてる!」
テキパキと物を拾う桂さんはプラントも生き生きしている。人の面倒を見るのが好きなのかもしれない。
足元のメモ帳とノートを拾って、落ちた面に付いた細かい砂を手で払う。ノートの表紙に書かれた名前の、村の字の木へんと寸が同じように下が跳ねていて、仲良しみたいで可愛いなぁ・なんて思いながら辺りを探していたら、開いた状態で落ちていた二つ折りの定期入れに目が行って、伸ばした手が途中で止まった。
バスの定期券の反対側に入っていたのは、比奈森さんが載っている雑誌の切り抜きだった。屈託のない笑みで〝メグルンポーズ〟をする写真と目が合って、反射的に定期入れを畳む。
「ごめんねー、薪野さんも手伝わせちゃって」
「え、あっ、ううん!全然!」
桂さんの声に首を振って、慌てて定期入れを差し出すと、安村くんはばつが悪そうに浅く会釈だけして、他の物と一緒くたにランドセルへ押し込んだ。
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