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早くも疲れてしまって、朝の会が始まるまで休んでいようと机に突っ伏していたら、
「薪野さん」
と、急に話しかけられた。「へっ?」なんて変な声を出してしまって恥ずかしい。
恐る恐る顔を上げると、正面にキリッとした顔の男の子が立っていた。見覚えのある顔をじっと見てしまいそうになって、頭の上に視線が行ってしまう前に慌てて机に目を落とす。机にうっすらと落ちるわたしの影にまで、双葉は生えていた。
「えっと…い、伊吹くん…?」
うろ覚えの名前を呼んだら、男の子は少し驚いた様子で言った。
「うん、合ってる。よく覚えてるね、同じクラスになるの初めてなのに」
「あの…運動会、いっつもリレーで…その、アンカーやってて…ゆっ、有名…だから…」
言葉が上手く出てこない。そのモヤモヤを潰してしまおうとするみたいに、太腿の上のスカートをぎゅっと握り締める。こういう時も、わたしは自分が嫌になる。誰かと話す時、その人の目を見られないのは、変な植物が見える前からだ。こんなに急いで逸らすことはなかったけど、初めて会う人やあまり話した事のない人とは、顔を向け合うこともできない。
伊吹くんは「そっか。なんか照れるな」と笑っていたけど、目も合わせないわたしを、本当は嫌な子だと思ったかもしれない。態度に出さないだけで、わたしのことをもう嫌いになったかもしれない。
自分の影と睨めっこしていたら、影と机の間にプリントの束が入ってきた。
「これ、先週の授業で配られたのと、ノートのコピー。それから、係とかまとめたやつ」
「あっ、あ…ありがとう…」
俯いたまま頭を下げると、猫みたいに背中が丸まる。プリントを捲っていったら、最後の1枚にクラスの係活動と委員会の案内が載っていた。そっか、先週のうちに決まっちゃったんだ。
学級委員のところに伊吹くんの名前があって、だからわたしなんかに話しかけてくれたんだと納得した直後、下の方に自分の名前を見つけて「えっ」と声が出る。
「しょ…植物係…!?」
「ああ、ごめんね。休んでるうちに勝手に決めちゃって。花壇の世話とかやる係なんだけど…そういうの苦手だった?」
「えっ!?いや、えっと…嫌とかじゃ、あの…!」
みんなの頭にも草や花が見えてるからびっくりしただけ・なんて言えるはずもなく、言い訳を探して顔を上げたら、伊吹くんの頭の上の葉っぱが目に入った。
わたしの双葉や、クラスのみんなの芽よりも青々としていて、とても元気な葉っぱが何枚も生えている。頭の上を見たまま固まったわたしを見て、伊吹くんが不思議そうに首を傾げると、植物の葉っぱも小さく揺れた。ふちがギザギザで、表面がデコボコした葉っぱは、ママがベランダで育てているミントによく似ている。
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