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「…薪野さん?」
「ごっ、ごめん、なんでもない!植物係で大丈夫!がんばる!」
「ならいいけど…」
よりにもよって植物係なんて…って気持ちが顔に出ていたのか、伊吹くんはわたしの前の席の椅子に反対向きに腰を下ろすと、組んだ腕を背凭れに乗せて少し前のめりに、植物係の良さを語り始めた。
植物係の主な仕事は校庭の花壇のお世話だけど、3年生から6年生までの各クラスとの持ち回りだから、2週間に1回くらいしか出番が来ないらしい。
「植物って遠目からだとあんまり変わんないように見えるけど、よく見てると葉っぱが大きくなってたり、蕾が膨らんでったり、ちょっとずつ変わっていくんだ。そういうのを見るだけでも、結構面白いと思うよ」
ちらりと一瞬だけ見てみた伊吹くんは、目をキラキラ輝かせていて、とても楽しそうだった。
「い、ぶきくんは……植物…、す、好きなの…?」
「うん!ベランダのプランターで色々育てていて、妹と一緒に手入れをするのが日課なんだ」
中学生のお兄さんも小学生の頃は植物係で、今年1年生になった妹さんも、係に就ける3年生になったら植物係になりたいらしい。植物係というワードに、いちいち頭の上が気になってしまって全然話に集中できないけど、伊吹くんの家族がみんな植物好きだってことは何となくわかった。
クラスメイトとこんなに会話をするのが久しぶりすぎて、ぎこちない視線が伊吹くんと机とを何度も往復する。おでこから上を見ないようにしていたら、どうしても目が合ってしまって気まずい。
「ほんとはオレも植物係やりたかったんだけどさ、誰も学級委員やらないみたいだったから」
反復横跳びみたいな視線を疑問符だと思ったのか、そう説明してキラキラな目が笑った。
「そ……そう、なんだ…」
なんて、へたくそな相槌を打ったところで、チャイムが鳴った。
伊吹くんは戻ってきた席の持ち主に椅子を明け渡すと「最初の当番は月末の金曜日だから、よろしくね」と言い残して去っていった。忘れないようにプリントの端っこにメモして、その頃には頭の植物が見えなくなっていたらいいなと思いながら、机の中のファイルにその紙を入れた。
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