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「実は…昨日遊んだ時に喧嘩しちゃって、まだ謝れてないんだ」
「そ…そうなんだ…」
俯く遠藤さんの頭をそっと窺うと、枯れたような茶色の葉っぱは下を向いたままで、尖ったり逆立ったりはしていなかった。怒られなかったことにホッとしていたら、小さくはなをすする音がして目線を下げる。
「朝も謝ろうと思って、ずっと待ってたのに…いつもの場所に来なくて…休み時間も全然、目も合わないし…ハナ、絶対怒ってる…!」
遠藤さんが涙ぐんで声を震わせると、茶色の芽もさらに元気がなくなっていく。葉っぱが変色したり枯れるのは、落ち込んだり悲しい気持ちの時なんだ。
どうしたらいいのかわからなくて、窓側の梅本さんの席と遠藤さんとを何度も見比べて言葉を探す。
こういう時、何て言ったらいいの?どうすればいいの?枯れそうな葉っぱって、何をしたら元に戻るの?梅本さんの芽は、変色なんてしてなかったのに……。
「…あっ!」
2回目の声に、今にも泣き出しそうな顔がわたしを見る。でも、今度は迷わずに口を動かすことができた。
「梅本さん、怒ってないと思う!」
「え…?」
「だ、だって…その…梅本さん、いつも通りだったし!」
〝芽がツンツンしてなかったから〟なんて言えるはずもなく、一生懸命それらしい理由を言ってみるけど、遠藤さんの表情は曇ったままだ。ダメだ、こんなんじゃ信じてもらえない。もっとちゃんとした理由がなくちゃ。
芽以外の理由、芽以外の……。心の中で唱えながら、ぐちゃぐちゃになってる記憶を引っかき回しているうちに、キラリと光るものを捕まえた。
「そ、それにね、わたし見たの!朝、下駄箱のとこ通った時、ちょうど梅本さんが走って入ってきて…その時、言ってたよ。〝寝坊しちゃった〟って!」
「寝坊…?」
「うん!」
大きく頷くわたしの頭の上で、双葉はどうなってるだろう。緊張はしてるけど、きっと萎れてはないはずだ。
捕まえた記憶は、つい数時間前の朝の景色だった。明日は初めての花壇の当番だから、やることや持ち物を葵先生に聞きに行った帰り、梅本さんが玄関に駆け込んできた。派手なピンクのランドセルに、トレードマークのカチューシャをしていたから、遠目からでもすぐにわかった。
普段はわたしより早く教室にいるのに珍しいなと思ったし、遠藤さんと一緒じゃないのも珍しかったから、何となくそのまま見ていたら、寝坊だ遅刻だって嘆きながら靴を履き替えていた。よく喋る人だとは思っていたけど、ひとりの時でも喋るんだ…と、びっくりしたから、独り言の内容もよく覚えている。
「だから、あの…朝会えなかったのも、きっと寝坊しただけで…遠藤さんのこと怒ってるとか、そういうのじゃないと思う!」
ぎゅっと手荷物を抱き締めて、振り絞った勇気を混ぜて続けると、遠藤さんは少し考える様子で目と顔を伏せる。そして、次に顔を上げた時には、泣きそうな表情がちょっと和らいでいて、頭の芽も枯れた茶色から黄色っぽい葉っぱに戻っていた。
「そっか…うん、そうかも。ありがとう、薪野さん。ハナとちゃんと話してみるね」
「あ、えっと……ど、どういたしまして!」
言われ慣れない言葉にどもってしまったけど、どこか照れくさそうに笑う遠藤さんを見てたら、そんなミスなんかどうでもいいと思えた。
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