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そうこうしているうちにチャイムが鳴ってしまって、わたしと遠藤さんは少し遅れて理科室に飛び込んだ。席も離れていたし、それから2人を観察する余裕はなかったけど、理科室から教室へ戻る時、廊下で遠藤さんから声をかけられた。隣には梅本さんもいて、2人の表情もアタマの上の芽も元気そうだった。
ずっと気に病んでいた遠藤さんと違って、そもそも梅本さんはそこまで喧嘩のことを気にしていなかったそうで、待ち合わせ場所に来なかったのも、やっぱり寝坊が原因だったらしい。でも、待ち合わせをすっぽかしたせいで、梅本さんも話しかけづらくなってしまって、結果的に擦れ違ってしまったのだという。
「そ…そっか。仲直りできて、よかったね」
「うん!」
精一杯明るい口調で返すと、遠藤さんの頭が大きく縦に動く。てっぺんに生えた芽も、すっかり元の緑色になっていた。頭の植物は気分のバロメーターになっていることがよくわかって、わたしも嬉しくなる。
「ほんとにありがとう。話しかける勇気が出たのは、薪野さんのおかげだよ」
「そうそう!あたしもミズキも頑固なとこあるからさー。薪野さんがアドバイスしてくんなかったら、もっと時間かかっちゃったかも!」
「そ、そんな、わたしは全然…」
両側から話しかけられるなんて滅多にないから目のやり場に困って、抱えた教科書を見る。こんなに感謝されるなんて思ってもみなくて、えへへへ・なんて口元が緩んだ。照れるし恥ずかしいし、どう返したらいいのか、わたしの辞書には載っていないのだ。
不意に、右隣から梅本さんが顔を覗き込んできて、思わず足が止まる。笑い方キモかったかな・と咄嗟に教科書で口元を隠すわたしの目の前で、カチューシャの奥のツヤツヤした葉っぱがちょこんと揺れた。
「薪野さんって大人しいから、どんな子なのかなーって思ってたけど、優しくっていい子だね!いい子いい子!」
まっすぐに見てくる瞳から、泳ぐ目を逸らさずにいられるのは、頭の植物のおかげだと思う。芽が見えるようになってから、頭に視線が向かないように気を付けているせいで、いつの間にか人の目を見られるようになっていた。
「そ、そんなことないよ、全然!」
「ううん、すごいと思う」
反対側から遠藤さんもわたしを見る。緑色の芽が大きく手を広げているみたいに、のびのびと伸びている。
「私とハナが毎朝、一緒に学校に来てるのも覚えてて、落ち込んでるの見て声かけてくれて…それって、普段からよく周りのこと見てないとできないと思う」
「そ…そう、かな…」
「そーだよ!薪野さんの長所長所!」
遠藤さんの意見に賛成とばかりに、カチューシャの頭が何回も頷く。梅本さんは言葉を繰り返すのが癖らしい。
自分の長所なんて、考えたこともなかった。何の取り得もなくて、周りを見てるのだって緊張して話せないから、ただずっと見てただけで。最近は頭の植物を観察するのが日課もなってたし、だから葉っぱの色がいつもと違うって気になっただけでーーー。
そこまで考えて、初めて思った。2人が言うように周りを見てるのがわたしの長所なら、頭の上に葉っぱやお花が見えるのも、わたしの長所なのかもしれない。頭の植物を見れば、顔や口に出してないこともわかる。怒ってるのか、悲しいのか、嬉しいのか、どんな気持ちなのか一目でわかる。頭の植物は、わたしにしか見えない〝みんなの心の中〟なんだ。
頭の植物が見えるようになって、とっくに景色は変わってしまっていたけど、この時から、本当の意味で見える景色が変わった気がした。
「…ありがとう!遠藤さん、梅本さん!」
なんだか胸がわくわくして声を弾ませるわたしに、2人は顔を見合わせてから、「どういたしまして!」と楽しそうに笑った。
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