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同じクラスの比奈森愛繰さんは、すらっとしていて人の目を引く美少女だ。
廊下側の一番後ろの席なのに、そこに彼女がいるだけで教室の雰囲気まで明るく変えてしまう。頭にプラントが見えているからややこしいけど、華がある人っていうのは比奈森さんみたいな人のことを言うんだと思う。
いつもより少し早く学校に着いた朝、教室の後ろのロッカーにランドセルをしまっていたら、不意にドアが開いて元気な声が飛び込んできた。
「おっはよー!…って、あれ。ちょっと早かったかー。薪野さんひとり?」
「えっ、あっ…うん、まだわたしだけみたい…」
どもりながら返事をすると、比奈森さんは長い髪をさらりと靡かせて「そっかー、薪野さん早いねー」と明るく話して、端っこの机に鞄を乗せる。
ぼーっと見ていたら、中身を机の引き出しに移し終えた比奈森さんがランドセルをロッカーに入れに来たので、邪魔にならないよう一歩後退る。出席番号順に並んでいるロッカーでは隣同士だけど、比奈森さん本人と並んで立つのは、5月半ばにして初めてだった。
わたしより頭ひとつ分も背が高い彼女は、近くで見ると一層華やかだ。プラントも葉っぱが鮮やかで綺麗だし、青い蕾がいくつもついている。この青い花は何だろう?緑のがくに包まれた淡いブルーの蕾は、どんな風に開くんだろう。咲いたら、もっと濃い色になるのかな。
「メグの頭、何かついてる?寝癖?」
「えっ!?」
つい見つめてしまっていたみたいで、きょとんとした顔が両手で頭のてっぺんを撫でつける。比奈森さんの指が触れる度に、葉っぱや蕾がしなって揺れて見えるけど、実際に撫でている指にはその感触がないのか、本人の表情はきょとんとしたままだ。
「あのっ、えっと…せ、背が高くていいなぁって思って!」
「ふーん…?」
苦し紛れの言い訳に首を傾げていた比奈森さんだけど、わたしの目を見てにっこり笑うと、
「じゃあ、背が高くなる秘訣を教えてあげよう」
右手を口の横に添えて内緒話の音量で言った。思わず聞き入る体勢に入ると、今度はピンと立てた人差し指を口元に翳して見せる。
「メグは牛乳飲めないけど、チーズとヨーグルトが大好きなの。だから、毎日食べたらおっきくなるかも!」
真剣な表情とわたしに目線を合わせて背を丸めた長身には、これ以上ない説得力があって、咄嗟の言い訳で出てくるくらい高身長をうらやんでいる身には、目から鱗のアドバイスだった。
「あっ、ありがとう…試してみるね!」
何度か首を頷かせると、立てる指を人差し指から親指に変えて、比奈森さんも満足そうに頷いてみせた。
程なくして何人か纏まって教室に入ってきて、わたしたちは自然と離れて自分の席に戻った。ちゃんと話すのは初めてだったけど、思っていた通り明るくて元気な子で、思っていたより話しやすい子だったなぁ。そう考えたら、比奈森さんがあまり学校に来ない理由が気になった。
プラントの葉っぱも緑色で元気だし、病気がちという感じはしない。もちろん、萎れても枯れてもいないから、学校に来るのが嫌っていう訳でもなさそうだ。だったら、毎週半分くらい早退や欠席をするのはなぜだろう。周りと話せるようになってきたといっても、そういうデリケートっぽい部分に踏み込む勇気は、わたしにはまだない。
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