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「野々歌ちゃん。これ、あなたに貰って欲しいの。朔斗はね、野々歌ちゃんがお地蔵様の話を信じて聞いてくれて嬉しかったって、言っていたから」
朔斗が亡くなって、彼の両親は、粘土で作った親指サイズの「血ぞめじぞう」を野々歌に渡した。両親のところには朔斗の書いたお話と絵の血ぞめじぞうがあるから、それでじゅうぶんだと言う。
野々歌は遠慮なくそれを受け取って、朔斗にあげたくて買った病気平癒のお守りの中へと大事にしまい込んだ。
これを買ったのは、朔斗は一緒に行けなかった、小学五年生の林間学校。三日目のバス移動の途中、大きな神社に寄った際に。彼へのお土産のつもりだった。
野々歌がお守りを買ったその時にはすでに、朔斗は息を引き取っていた。クラスのみんなが林間学校を楽しんでいる時に、自分の死の報せで水を差したくない。朔斗がそう言うので、野々歌にもクラスメイトにも、彼の病状がいよいよ差し迫っているのは伝えられなかった。引率の学校関係者は知っていたのだけど。
「あった! 見つけた! これが朔斗の血染め地蔵だよね? ね、おじさん!」
朔斗が亡くなって間もなく、秋の連休を使って、思い出の山へ足を運ぶ。朔斗の父と、野々歌の父と、野々歌の三人で。
朔斗の言っていた通り、登山道の途中には黒と赤のペンキがべっとり貼り付いた哀れな地蔵が佇んでいた。ひとりぼっちで、ぽつんとして。
朔斗の両親、特に母は朔斗のことを思い出して辛いので、地蔵の汚れを落としには来れないという。朔斗との約束なのに、朔斗に申し訳ない。彼の母はそう言って泣いていた。なので、野々歌と父がいつか代わりに汚れを落としに来よう。今日はその下見に来たのだ。二度手間になるかもしれなくても、今でも地蔵はそこにあって、汚れも当時のままなのか? それを確かめる前に、汚れを落とすための道具一式を用意するわけにはいかなかったから。
「ごめんなぁ、野々歌……。約束してたあの日、お父さん、急に仕事が入ってしまって……行けなくなっちゃったんだ。また、別の日にしてもいいかな」
ずっと前から約束していたのに。野々歌は腹の内では全く納得していなかったけど、文句を言わず聞き入れた振りをした。
父と一緒に、血染め地蔵のペンキを落としに行くと約束したその日は、朔斗の一周忌なのだ。野々歌はどうしても、その日に決行したかった。父がダメなら母と、と言いたいところだが、折悪しく母も持病の検査入院で頼れない。
野々歌は父が出勤したのを見送ってから、生活に問題はない程度に認知機能の衰えた祖母にだけ、登山のことを伝えて出かけてしまった。
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