ひざかりアイム・バック

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ひざかりアイム・バック

懐かしい駅に降り立てば 胸の中いっぱいに 緑の香りが満ちた もう戻るつもりはなかった故郷 街人(まちびと)になった私を 迎えてくれる人はいない 母が死んだと聞かされて 渋々やってきただけ 良い想い出なんかない故郷 (よみ)(びと)知らずの和歌を 何とはなしに口ずさむ 田の横に停まった軽トラ 農作業する日焼けした影 鳥の声と蝉の声 時の流れが滞る古い町 私はここで何を考えていたか この辛気臭さから逃げたかった 開放感があるようで すべてに監視された場所 憧れが叶う日まで 戻るつもりはなかった けれども私は挫折を味わい 母の死を口実にここへ戻った 亡人(なきびと)に線香をあげ 恨み節を積み重ねる そうしていると ガラガラ戸が開いて 汗を散らした男の人が 息切らせながら声をかけてきた この町で私が唯一恋をした彼 泥のにおいと強い埃のにおい 私は彼にとって()(びと)だった 彼の手には手摘みの向日葵の束 鮮やかな黄色が 一気に涙腺を壊した やっぱり私の心の住所は この故郷にあったのだろうか 懐かしい音楽が聴こえてくる それはかつて彼と唄った 客人(まれびと)を歓待する歌だった
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