一通の手紙

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 『あの丘』は家から歩いて一時間ほどの所にある。  長らく家を出ていない引きこもりの身体に炎天下の一時間。千夜もひどいことをするものだ、とさっそく足元をフラつかせながら一希は思う。  自転車は持っているが当分前から使えない。学校からの帰り道、河川敷の小石を踏んでパンクしてしまったのだ。  一希が学校に行かなくなったのはその翌日からだった。  もちろんそれが原因ではないが、彼の心もちょうどタイヤと同時に破裂し、シュウと空気が抜けて萎んでしまったに違いなかった。  ジワジワと蝉が鳴く。  日差しの照りつけるアスファルトは触れたら火傷してしまいそうだ。  一希はコンビニでお茶とアイスを買った。  近くの公園へ寄って木陰のベンチに腰を下ろす。  ベンチから公園内をぐるりと見回す。ジャングルジムも滑り台もシーソーも、まるでおもちゃのように小さく見える。  あまりに小さすぎて拍子抜けだ。だって一希にはあのジャングルジムが怖くて怖くて仕方なかったのだ。 『兄ちゃん、助けて。早く下ろしてよ』 『はははっ、一希、怖がりすぎだろ』  ふと兄の笑い声が聞こえた気がした。  視線を上げれば、小さなジャングルジムの上から手を伸ばす七歳の一希と、そんな彼を下から抱きかかえる十七歳の兄のすがたが見える。  しかし瞬きをすればその光景は消え去って、夏の日差しにうんざりするようなジャングルジムがそこに立っているだけだった。  兄ちゃんにはあんなに小さく見えていたのか。だったらあの上で泣きわめく俺はさぞかし馬鹿らしかっただろう。  シャク、とソーダ味のアイスを食べ終えて、あたりの出なかった棒とビニールを公園のゴミ箱に放り込む。  お茶のペットボトルはリュックサックへ。  よし、と一希は顔を上げる。  視線の先、目指すはあの丘である。
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