一通の手紙

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 一希が『あの丘』を目指すのはこれが二度目。一度目は八年前、小学一年生の夏だった。 『一希、ペルセウス座流星群を見に行こうぜ』  目を輝かせながら一希の手を引いたのは兄だった。  一希と十歳違いの兄は、当時高校二年生。  父親の連れ子である一希と、母親の連れ子である兄とは血が繋がっていなかったけれど、彼は一希のことをとても可愛がってくれた。  また兄は高校に入ってから、自ら貯めたアルバイト代で天体望遠鏡を買った。 『宇宙に行きたいんだ』  庭に置いた天体望遠鏡を一希に覗かせながら言う。 『一希には月の石を持って帰ってやる』  別にいらない、と一希は言った。  宇宙は怖いところだ。だから兄ちゃんはずっとここにいればいい。  けれどそれを伝えれば、兄はまた一希のことを「怖がりだ」と言って笑うに違いなかったので、一希は残念がる彼を前にふんと鼻を鳴らしただけだった。  ペルセウス座流星群は夏になれば毎年見ることができる。  けれどどうして兄は八年前のあの日に一希を連れ出したのか。どうしてあの年でなければならなかったのか。  今ならわかる。けれど当時の一希には想像できるはずもなかった。  兄に手を引かれ、『あの丘』の中腹まで登ったところで、一希は辺りが暗くなりつつある時間に家から遠くへ来てしまったことが急に怖くなり、その場にしゃがんでわんわん泣き始めてしまった。 『帰るか』  困ったように笑う兄のすがたは今でも鮮明に思い出せる。 『相変わらず一希は怖がりだなぁ』  それから一希は兄に負ぶわれて帰路に着いた。情けなさで涙の止まらない一希に、兄は丘のふもとの駄菓子屋でラムネを買って飲ませてくれた。  まもなく両親が離婚した。  父の連れ子である一希は父に、母の連れ子である兄は母に引き取られ、家族はすっかり『元通り』になった。  あれから八年。  兄が今どこにいるのかはわからない。  一希にはあの日見られなかったペルセウス座流星群と、少しだけしょっぱいラムネの味と、それから別れの日まで「お前、もう泣くなよ」と呑気に笑っていた兄のすがたが忘れられないのである。
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