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千夜と兄と星降る丘と
血の繋がらない一希と兄は、初めから仲のいい兄弟だったわけではない。
あの頃の二人を繋げたのは、他でもない、千夜の存在だったと思う。
「兄ちゃん、猫が」
家の前で足から血を流す野良猫を見つけた一希は、兄が学校から帰ってくるなり彼の腕に飛びついた。
当時一希はまだ幼稚園に通っていた。
兄はすぐに家から毛布を引っ張り出して野良猫を保護すると、一希と一緒に近所の動物病院へ連れていってくれた。
無事に治療を終えた猫を抱いて家に帰ると、兄は両親からこっぴどく叱られていた。
けれど彼は懲りずに、「せめて怪我がよくなるまでは」と自分の部屋で猫を世話し始めたのだった。
そして彼の部屋には、猫だけでなく一希も居着いた。
一希は兄と一緒に猫と遊ぶのが楽しみになっていた。
やがて痺れを切らした母が、兄が学校へ行っている隙に猫を外へ追い出した。
けれど猫は三日もすれば庭に戻ってきて、兄の部屋の窓の前にちょこんとすました顔で座っている。
追い出しても追い出しても戻ってくるので、ついに母も諦めて何も言わなくなった。
それからも二人は毎日猫の世話をしていたが、兄が母と共に家を出ていった翌日、猫もまたふらりとどこかへ姿を消してしまった。
駄菓子屋の横のガタガタするベンチに腰掛けて、一希はラムネをひとくち飲んだ。
隣に座る兄は『ちゃんとした大人』だった。一希が十五歳だから、兄は二十五歳。二十五歳ってアラサーに入るんだっけ、とどうでもいいことを考える。
「どうしてオス猫に『千夜』だったんだよ」
猫の名付け親は兄だった。
一希が尋ねれば、彼はうーんと空を仰ぐ。
「元カノの名前だよ、確か。別れても別れてもすました顔で隣に居座るところが似てると思った」
聞くんじゃなかった、と一希は思った。
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