一通の手紙

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一通の手紙

 一希(かずき)くんへ  ペルセウス座流星群を見に行きませんか。  今夜あの丘で待ってます。  千夜(ちよ)より  抜けるような青空、大きな入道雲。  一生懸命に鳴く蝉の声、浮かれる子供の声。  そんな外界からの情報を遮断するのに、ガラス窓一枚ではどうにも心もとない。  一希は頭からタオルケットをすっぽり被って、クーラーの設定温度を二度ほど下げた。  中学最後の夏休みである。  しかし学校へ行かなくなってもうずいぶん経つので、そんなものはどうでもいい。  ふいにカタリと音がして、玄関のドアに設置された郵便ポストに手紙が入ったことを知る。  一希は化石みたいに固まった身体をベッドからのそりと起こす。  寒い。  タオルケットを身体に巻き付けたまま玄関に向かって、ポストから一通の手紙を取り出した。  送り主は千夜。  どうやら今夜ペルセウス座流星群が見られるらしく、そのお誘いの手紙である。  ふんと鼻を鳴らした。  可愛らしい便箋に女子らしく丸っこい文字。  変なやつ。あいつオスのくせに。  けれど女の子のふりして俺の気を引こうとしているなら健気だと思ってやらないこともない。  何しろ名前、千夜だし。  一希はベッドの下から、長らく使っていない通学用のリュックサックを引っ張り出した。  財布、懐中電灯、時計、長袖の羽織り。  それから千夜が好きだった煮干しも入れておく。あいつは放っておくと食べすぎるので少しだけ。  ちなみに千夜とはむかし一希が兄と世話していた猫である。  もう八年も前に逃げたきり姿を見せなかったが、今になって流星群を見ようだなんてロマンチックな手紙を寄越してくるとは思わなかった。  リュックサックを背負う。  玄関を出る。  ここは外界。窓の向こうの場所。  一希はさっそく茹だるような熱気に気圧されそうになりながら、『あの丘』へ向かって一歩、足を踏み出したのだった。
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