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1 ふしぎな招待状
エルシーが住んでいるのはのどかな田舎町だ。
はちみつ色の石造りの家並みが続き、その向こうには田園風景が広がって、緑々しい牧草地にはまるまるとした羊が放牧されている。都心から離れた場所にある人々が自然とともに暮らす丘陵地帯。それがエルシーが愛してやまない、生まれ育ったふるさとである。
まあ、十二歳になったエルシーはたびたび友だちと「都に行ってみたいね」とおしゃべりして、花めく都心にうわき心を持ってしまうときもあったけれど。
でも日曜学校でそんな話をした帰り道、川辺の水車小屋でひと休みしながらまったり泳ぐカモを見つめたり、緑したたる木がトンネルのように連なった小道を歩いて風の音に耳をすましたり、エバンズさん家のりんごの木の実りぐあいを確認したり、地平線いっぱいまで広がるラベンダーの花畑を見つめたりしているうちに、やっぱりここが好き! と必ず思うのだった。
周りを豊かな木々に囲まれたこの町は木陰がおおく、朝日は町全体を包みこむのにいつもじっくりと時間をかけている。日が町の全てを照らしだすまでの時間、それがエルシーにとっての朝の時間である。
町に一軒だけのパン屋へ朝ごはん用の焼きたてパンをおつかいに行き、家で育てているバラで小さなブーケをつくり祖母へ届けるという仕事も最近加わったので、エルシーの朝はそれなりにいそがしい。
家の外壁で朝つゆをまとい可愛らしくこうべを揺らしているバラをつんで、新聞紙で手ぎわ良くくるっと包んだら、まずはこのブーケを祖母へ届けに行く。その帰りにパン屋へ寄るのがお決まりの流れだ。
木製の門扉を開けて、エルシーはひょいっと外へ出た。家を出てすぐの通りに建ち並ぶ家々は、青く影るなかでまだ眠っているかのようだ。だが少し先に見える石橋の向こうはすでに明るく、草木がらんらんと緑に輝いている。この時間帯、明暗わかれるこちらとあちら、まるでべつの世界のようだとエルシーはいつも思った。
小川にかかる石橋を渡りながら、朝日を反射してきらきらゆらめく川面を見つめていたら、川のほとりのベンチに腰かける人影が目にとまる。
早起きでおしゃべりなシェリルおばあさんや、見分けがつかないほどそっくりな三匹の兄弟犬をさんぽさせているジョンおじさんなど、朝のはやい時間でも色んな人がすわっているので、とくにめずらしい光景でもない。それでも、エルシーは大きな瞳をじぃっとこらした。なぜだかあのベンチ一帯が、いつもと違う雰囲気をまとっているように見えたからだ。
──見たことない女の人がすわってる。
丈長のジャケットとスカートが合わさったましろの綿ピケに上品な金の刺繍がほどこされ、ほそい腰を強調するチャコールのベルトがしめられたデイドレスをまとう彼女は、まるで都の街を日傘をまわして優雅にかっぽする貴族のお嬢さまみたいだ。ローシニヨンにまとめられた髪の毛は、まさに川面に反射する朝日のようなうるわしいプラチナブロンド。けれど──お顔はうかがえない。こうべを垂れ、肩をおとし、あきらかに落胆しているようすである。
エルシーはかなしそうにしている人を見ると、最近はとくに、自分のことのように受けとめて、同じようにかなしくなった。「本当のかなしみを知っている人は、心の持ちようで深い愛情をもてる人にもなれるはず」とは両親の言葉だ。かぎられているこの貴重な朝の時間、素通りすることももちろん出来たけれど、エルシーは「ほうっておけない」とつよく思った。
川のほとりへおりて、おもむろに、おそるおそると女性に近づいていく。ほうっておけないと思ったものの、まったく知らない人へ声をかけるのは、十二歳の少女にはたいへんな勇気が必要だった。
「あの……なにかお困りですか?」
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