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10.モグリ
逸彦は精力的に動いた。
達哉が融資の話をまとめた土地開発会社の本社に出向いた。大きな取引があった3社のうち、1社は新宿区荒木町に住所がある。
代表の名に、背乗りで開設した口座リストの中の名前があった。間違いなく、成田組及び金輪会系と見て間違いがない。案の定、出向いてみると、取引規模とは釣り合わぬほどの小さな雑居ビルの1フロアでしかなかった。ゴースト会社感丸出しである。
『太陽開発』
そのビルを挟んだ道の向かい側、チェーン店のカフェに、逸彦の知った顔があった。
逸彦は、目当ての男が座っているテーブル席のとなりのテーブル席に座った。どこで誰が見ているかもしれない。窓際の二人がけ用の隣り合うテーブル席に、背中合わせで座った逸彦に、トレンチコートを寒そうに巻きつけている目当ての男が姿勢を変えぬまま囁いてきた。
「深海警部」
「流石、潜りの冬さん」
その男は、四谷署組対課の刑事で、霧生久紀の部下である冬村であった。他の捜査員と違い、彼は朝礼にも滅多に顔を出さず、管轄内にも顔が売れていない、正に隠密活動を得意とする刑事であった。それも、久紀の采配である。街のどこにでもいそうな、40絡みのウダツの上がらないサラリーマンという体だ。実際彼は小太りで、少し髪も薄く、生活窶れしているように見せている。
「そっか、ここ、四谷の管轄だもんね。ゴースト、でしょ」
「ビンゴです。ここは瀬古が資金を集めるためのゴースト会社です。実際事務所にいるのは、ネイルの手入れに余念のないキャバ上がりの女と、その情夫である三下。しかも金輪会は壊滅的打撃を受けている」
「だね。ま、パソコンに電源入れるのも大変そうな連中なのは間違いない」
「ええ。けれど、動いています」
「へぇ…冬さん、誰か来たよ」
「都庁の土木整備課の課長、六曜興業の事務局長の菅原悦二」
「成田と敵対する六曜がねぇ。ま、これでハッキリ繋がったな」
「出ました? 」
「ああ。瀬古の殺害現場の隣室からは菅原のDNAが出た。ま、居た、っていう証明にしかならないけど……いい匂いがするじゃん」
空腹に耐えかねていた逸彦は、席に座る前にホットドッグを頼んでいた。店員が、それを逸彦のテーブルに置いたのである。
「冬さんの動きはおそらく丸川には掴めていないだろう。俺の方で二課に頼んで登記の記録を調べてみる。間に赤字ダミー会社噛ませてるかもしれないしな。このまま張り付いてて」
土地や不動産取引で得た利益の一部を、間に赤字経営のダミー会社の仕入れとして付け替えて経費で相殺することで、まんまと脱税する手法だ。金輪会の会長・金井にその能力はなくても、瀬古ほどのインテリヤクザなら、間違い無くそのくらいの事はするだろう。
「了解です。あ、ウチの新人に沢井と蟹谷っていうのがいますが、二人共、何度か丸川の下で働いたことのある刑事です、ウチの奴らとコンタクト取る時は、その二人に気をつけてください」
「了解。沢蟹コンビね……ひと泡吹かせてやろうじゃん」
ククッと冬村が喉の奥を鳴らした。
「課長と係長、ご無事ですよね」
「ああ、お利口にしているタマじゃないよ」
零したパンくずを皿にかき集め、逸彦は立ち上がった。
「育ちがいいですね、警部殿は」
「違うよ、女房の躾が厳しいの」
「御愁傷様です」
ターゲットに視線を固定したまま捨て台詞を吐いた冬村の後頭部に軽く舌を出し、逸彦は素知らぬ顔でカフェを後にした。
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