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12.娘の貌
然程待たされる事もなく、結花の諦観したような溜息を合図に話が始まった。
「私さぁ、中学の時に兄貴の同級生に輪姦されてから、すっかり男ナシじゃ我慢できなくなっちゃって。で、たまたま新宿でホスト引っ掛けたらドラッグの錠もらってさ。すんごい良くて、もう最っ高で、路地裏で何度も何度もヤッちゃった。アハ、もう完全にあっちのビョーキ。私バカだからさ、兄貴の足、いつも引っ張っちゃって……その度にパパが揉み消したみたいだけど、今回は流石にパパもヤバイことになってそうだね」
「わかっているんだね。丸川さん、ずっとマル暴だったから、ここぞとばかりにヤクザが食い潰そうと群がってきたんだ」
「でもそんなの、パパが悪いんだよ。ずっと放っておくばかりでさ、私達こと。ママなんか欲求不満で私に執着しすぎ。あのクソババァ、マジウザイ。折角エリートと結婚してやったのに邪魔するしさ……ちゃんと、奥さんしようと思ったのに……」
結花については、前科の記録は出てこないが、彼女が通っていた川口の私立女子高校の付近の交番の日誌に、しっかりと指導をした記録が残っていたのを菅に確認してもらっていた。
ドラッグの記録は流石にないが、不純異性交遊、飲酒……こういう時は、古式ゆかしき手書きの記録が物を言う。
「ママのこと、嫌い? 」
「ってか、ウザい。こんなピンクの服、誰が好きかっつーの。ま、パンツ見せてりゃ男が寄ってくるしさ……刑事さん、まんざらじゃないでしょ」
結花が組んでいた脚をわざと高く挙げるようにして解き、そのまま足を開いた。扇情的な黒いレースの下着が晒される。無反応な逸彦をさらに煽るように、片足を座席の肘掛けに大胆に乗せてみせた。
逸彦は肩を竦めて溜息をついた。
「ああ……俺ね、嫁さんのパンツしかドキドキしないんだ。で、ご主人と話はした? 」
結花がつまらなそうに足を閉じた。拗れた女だと、逸彦も鼻息を吐いた。
「祐一さんは多分、離婚するって言ってくる。その方がいい……皆、おかしいのよ」
「ダメだよ、そうやってヤサぐれてドラッグに逃げたりしちゃ。その体の傷、ドラッグキメた時の? まだ新しいよね」
結花が、まだ痣の残る手首をギュッと掴んだ。
「尿検査と、髪の毛の提出、それと、病院で体を調べてもらって、まずは治療をしよう。最初こそ誰かに唆されて体に入れさせられたのかもしれない、でも、溺れたのは君自身だ」
結花の口元が歪み、震えた。
「……一生懸命自分でやろうとしても、いつもママが邪魔するの……たまたまブランドのバックが質屋に高く売れたから、その金でホスクラ行って羽目外したら、そこ、ヤクザの店で、通ってたら売掛ヤバいくらい溜まって……裸にされてシャブ打たれて……その時の写真を餌に、時々呼び出された」
「瀬古だね」
「私をホテルに呼び出してシャブくれるのはね。でも、あいつはゲイ」
「はい? 」
思わず逸彦は身を乗り出した。
「私は大抵菅原っていうヤクザの相手」
菅原……もう1人の男、顔を隠してホテルに入る男……DNAの結果と符合した!
心の中で逸彦はガッツポーズをした。
「どんなヤツ?」
「ド変態のジャンキーヤクザ。これは昨日、縛られて鞭で叩かれた傷。ま、ハイになってるからさ、気持ちいいんだけど……2人とも頭おかしくなってる頃に瀬古が入ってきて、5分くらい動画撮って出て行くの、毎回ね」
それをネタに瀬古は、結花の父親の丸川から情報を引き出し、菅原の恥部も握っていたのだ。
そうすれば、本家の成田組での存在が薄くなってきているジリ貧の親分・金井と揉めることになっても、より大きな六曜の羽の下で、金儲けを続けることができる。
「あの日は、昼間、先に瀬古に呼び出された後、ホスクラに⁈ 」
「そう。ダンナにバレたく無いってゴネたから、いつも昼間。で、シャブが抜けるまで帰れないからホスクラでハメ外して、大抵その辺でヤッちゃう。もうね、サカッた犬」
「そんな、犬だってしないでしょ……」
最近は、主婦層を当て込んだ昼営業をするホスクラが多いとは聞いていた。
「で、瀬古に相手はいなかったの? 」
「瀬古の部屋には誰も来ない……ただ、相手は間違いなく、いるわ。ユウマって呼んでた、その子のこと。菅原とヤリ終わるとまた、私だけ瀬古の部屋に戻るんだけど、時々あいつが電話しているのを聞いたことがあって……すごく優しい声で話してた」
「息子かもしれないじゃん」
「それはない。だって、ヒルトンのいつもの部屋で、いい子にして待ってろって。無駄にイケボでさ、ユウマ、愛してる、って」
だから、瀬古が発見された部屋には行為の痕跡がなかったのだ。
シャワールームを濡らしたり、コンドームを使ったように見せかけたり、瀬古がゲイとは知らずに、結花と楽しんだように工作したということだ。
「呼び出すのは瀬古だけど、隣の部屋で菅原と、ってことで間違いないね」
「そう。実はあの2つの部屋、外に出なくても行き来できる。だからいっつもあのカビ臭いボロホテルだった。瀬古のやつ、自分は高級ホテルで相手と会う癖にムカつく。あ、外でサカる奴が言うなって? ウケるぅ」
既に瀬古の司法解剖の結果は出揃っていた。体内には、致死量と言っても良い程のシャブの成分が残留していた。
「大事なことを聞くよ。瀬古って自分でもシャブ食った? 」
結花が、初めて顔を強張らせた。ビンゴだ。
「瀬古にシャブを打ったのは、君だね。頸に注射痕があった。流石に自分では打てない場所だよね」
結花はさらりと髪をかきあげ、窓の外を見つめた。
「あいつ、甘い声でユウマって子と夢中で話してた。頭きてさ、私なんかこんななのに……菅原に下ろすためのパケが3つくらいあったから、全部溶かして後ろから打ってやったの。あいつ、ヤクザの癖に初めてだったらしくて、私に掴みみかかろうとする前に、フラフラとベッドに倒れこんじゃって。だから、すぐに部屋を出た」
「1パケせいぜい0.3mgで×3か。初心者なら致死量に近いね。だいたい30回分くらいを一度に皮下注射したらヤバいの、ジャンキーの君なら解るだろ」
ポロリと、結花の目から涙が一筋、頬を伝った。
逸彦は稲田に目配せをした。
稲田が、女性捜査員を連れて結花の横に立った。
「パパに、知られるよね」
「いや、全部知ってる筈だよ、君のパパは」
父親に対する感慨は見せず、自嘲するように結花はフンと鼻を鳴らした。
「ま、あのババアから離れられればそれでいいや……あんなとこにパケ出しっ放しにしてなかったら、瀬古も死ななかったのに……しばらく出られないよね」
女性捜査員に肩を抱えられるようにしてカフェスペースを出たところに、花代が待ち構えていた。
60にしてはスタイルも良く、品の良い美しい女性にしか見えないのだが、何分、表情に狂気が満ち溢れすぎて、つい稲田も逸彦も結花を庇うようにして身構えてしまった。
「私の結花ちゃんをどこに連れて行くの」
「覚せい剤取締法違反の容疑で、警察に」
稲田が逮捕状を示した。花代がそれを掴み取ろうとするが、逸彦に羽交い締めにされた。
「公務執行妨害になります。落ち着いて、奥さん」
行け、と目で合図する逸彦に従い、稲田と女性刑事は結花を庇いながら早足で覆面パトかーが止まっている車寄せへと走っていった。
「……丸川のせいだわ。あんなに良い子で頭も良くて綺麗なのに……ちゃんと小学校から私立に行かせていれば、あんな風に染まってしまうこともなかったのよ。結花ちゃんが可哀想」
「それはどうですかね」
逸彦は花代を離した。パトカーは既に遥か彼方へと走り去っている。
「結花さんには結花さんの人生がある、それだけです」
「何よ、どうせ子供を育てたことなんてないくせに!! 」
「今はないけど……近い将来、父になる予定なので」
そうとも、多岐絵と二人、親になると決めているのだ。もし実子に恵まれなかったとしても、二人で子供を育てようと。
あの頃、あの悲しい事件の後に何度も話し合って決めたのだから……。
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