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13.相克
逸彦は軽井沢に飛んだ。
大崎から東京駅に出て、東京から軽井沢までの新幹線『あさま613号』に飛び乗った。ものの1時間20分程で軽井沢に着く。弁当も食べられて、快適な事この上ない。
しかし今日も帰れないか……多岐絵にメッセージを送っても、中々既読がつかない。
まずい、まずいような気がする……。
と、凝視していたスマホとは別の、ポケットに入れてある公用スマホが突然震え出し、慌てて取り出してお手玉してしまった拍子に、スピーカーボタンを押してしまった。
「のあ、あわわ……」
「ちょっと深海、何やってんの」
アホか、という安居係長の台詞が車両中に響いた。
午後の自由席は空いている。
辺りに人のいないことを確かめ、スピーカーはオフにして公用スマホを耳に当て、逸彦はそのまま席で話をすることにした。
流石に、朝早くから歩き詰めで、デッキに移動するのも億劫になってしまった。
「話せる? 」
「はい、大丈夫です」
「手短に言うよ。紀藤佳代子は、丸川さんの奥さんの母。家屋敷は処分されて、軽井沢の高級特養で悠々自適。紀藤家は軽井沢の資産家で、花代さんは一人娘。結花の遊ぶ金は全て紀藤家から出ていたと見て間違いない」
「これから会いに行ってきます」
「は? あんた今どこ? 」
「長野新幹線の中です。あ、今は北陸新幹線か」
「どっちでもいいわっ! 自由すぎだよ、ったく……」
さして怒ってもいない様子の捨て台詞を聞いて、逸彦は通話を切った。
その途端に、四谷署の冬村から私用スマホにメッセージが入った。
潜りの冬さんこと、冬村が動いた。
見張っていた瀬古のダミー会社に丸川が現れたのだ。
丸川と六曜興業の菅原の二人が出ていくのを確認し、冬村は尾行を開始した。
逸彦にメールを入れる。
すぐに既読がついた。
サワガニコンビの監視の為、久紀も鸞も、原則公務中に使用を禁止されている私用スマホを持ち出せずにいる。無理に持ち出せば、それを副署長に言い募って二人を足止めしてしまうだろう。それもまた、狙いだ。
外回りで活動も自由な逸彦は、公用をメインで使いながら、密かに私用も持ち歩いている。冬村もだ。二人は私用スマホでやり取りをしていた。
冬村はピタリと菅原に貼り付いていた。
菅原と丸川は、菅原が乗ってきたレクサスGSに乗り込んだ。
冬村もタクシーを捕まえ、後を追った。
レクサスは、靖国通り沿い、歌舞伎町一番街への入り口あたりで停まった。
ここは管轄が入り組んでいる。おそらく丸川は巧妙に東署の管轄で事を進めるだろう。
案の定、二人は歌舞伎町を西武新宿方面へと折れ、『漫画喫茶』と看板が出ている地下の店へと入っていった。ここも元は金輪会がケツ持ちをしていた筈だ。
ここの勢力図は、金輪会の壊滅を機に大きく塗り変わってしまった。親筋である成田組は回収に出遅れ、殆どを六曜興業傘下の組・大成会に取られてしまった。その大成会こそ、菅原が仕切っている組である。瀬古と手を組んで資金力を握った菅原が、台頭し始めていたのである。
二人はパソコンのあるブースに入った。隣のブースをすぐに用意してもらい、冬村も入った。
「あ、あん……ああんっ……あ……」
二人がいるブースからは、明らかに行為中と思われる女の派手な喘ぎ声が聞こえたかと思うと、プツリと突然途切れた。
「良いハメ撮りだろう。あんたの娘、縛られて叩かれるとよ、こうやって股開いてヒイヒイ悦がるわけよ。瀬古さんに紹介された時はションベン臭ぇと思ったが、毎回シャブはよく食うし、素直で良い子に育てたもんだよなぁ、ダンナぁ」
唸り声と共に、男がグヘッと呻いて壁に激突する音が響いた。丸川が菅原を殴りつけたのだ。
「コビーじゃねぇだろうな」
「何本もあるって言ったらどうする」
すると、ガチっと鉄の鈍い音がした。冬村はそれが、丸川が携帯しているチーフスペシャルの安全装置の音だと分かった。
思わず自分の腰にある360サクラに手を当て、冬村は腰を浮かせた。
「お前はもう不要なんだよ。せいぜい共食いの餌になってあの世に行け」
「お、おい、冗談、冗談だよ、ダンナぁ。間違いねぇ、これが元だ。ハードディスク毎、スマホごと持っていって良いからっ」
「うんざりだ。とっとと出せ」
菅原がブツクサ言いながらゴトリと音を立てて何かを置いた。ポータブルのハードディスクか、スマホか。
「二度と娘に手を出すな。次は無い」
「む、娘に言えよ! 」
丸川はブースから出ていった。
ホッとしたのも束の間、丸川は店の出口で電話をかけていた。
「俺だ、一番街のマンガ喫茶、S4ブース……ああそうだ、おまえらの兄貴を殺ったのは菅原だ、本人がそう言った」
冬村は背筋が凍る思いがした。菅原はそんなことは言っていない。
何をさせるつもりだ。
「金井も菅原も、瀬古を食い物にしたハゲタカだよ」
それだけ告げると、丸川はさっさとスマホを切った。
「冬村、だったっけなぁ」
突然、丸川が背後に潜む冬村に声をかけた。
動きを止めた冬村に、丸川は背を向けたまま話し続けた。
「おまえの親分とキャリア様は、どこへ行った? 身動き取れねぇだろ。俺が画像をヤクザ共に拡散させたしな……クソなんだよ、やくざなんて」
「だから、俺たちがいるんじゃないですか。それをあんたは、情報を売ってヤクザ共に金を稼がせていた。少なくともこの街でマル暴の看板ブラ下げてる刑事は皆、あんたの背中を追って戦ってきたんだ」
自嘲するように、横顔を見せた丸川が鼻で笑った。
「子供がバカだと、色々大変なんだよ」
すると、いかにもチンピラといった風体の若い男が3人、肩で風を切るように店に入ってきた。
「まずい」
それが鉄砲玉だと分かって慌てて追いかけた時には、菅原はブースの頭越しに銃弾を打ち込まれて血まみれになって絶命していた。
「う、動くな!! 」
チンピラに向かって銃口を向けているうちに、丸川は悠々と去っていってしまった。
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