19.圧倒的な力

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19.圧倒的な力

 逸彦は、捜査本部で副署長や刑事課長と話し込んでいる安居を、引き離すようにして廊下に連れ出した。  話しているところを連れ出され少し苛立っている安居と、先に声をかけておいた稲田と菅も、自販機のある休憩室まで引っ張っていった。 「何よ、深海」 「捜査本部の方針がズレていた事は、安居さんも分かっていますよね」 「もちろん、絵図を描いたのは丸川。瀬古を殺したのは達哉だし、金井達を瀬古の舎弟に殺させて、菅原を金井の残党に殺させて相打ちを狙ったのも丸川。だけど副署長らはそれじゃ記者発表ができないとほざいてる」 「実行犯ではないからですよ。ただでさえ丸川と瀬古との癒着が引き起こした不祥事案件ですからね。でも、今度は絶対に止める必要があります。丸川の狙いは、成田組と六曜興業、親玉同士の相打ち。今、四谷署の組対は霧生と桔梗原が丸川の監視下にあって、動きが取れない。まずは二人に指揮系統を戻し、四谷署を活かして六曜を封じなくてはならないし、丸川を信奉しているここの連中の目も覚させないといけない」  それだけで、安居と出世魚コンビは為すべきことを理解したように頷いた。 「分かった、こっちの石頭は引き受ける。深海、四谷に飛びな」 「流石姐さん! では、頼みます、連絡は密に」  踵を返す逸彦の背中に、安居が声をかけた。 「拳銃は」 「携帯しています」  逸彦は腰のベレッタ92を見せた。安心したように安居が行けとばかりに手を振った。 「ベレッタとは、銃までスカしたやつだねぇ……稲田っち、おやっさん、まずはここの組対を丸川の呪いから解こう。アタシは先に機動隊に話をつけておく。奴らを街に解き放ったら、後はアタシが副署長を色仕掛けで落とす」 「絞め技の間違いでは……」  つい口を滑らせた稲田に強烈な睨みを利かせ、安居は新宿東署の組織犯罪対策課へと歩き出したのだった。  四谷署の組織対策犯罪課では、留守部隊の全員がデスクワークに没頭していた。というより、電話一つ鳴ろうものなら、新入りの沢田と蟹谷が注視するので、何もできない、というのが正直なところであった。  戻ってきた冬村が何かを伝えようにも、蟹谷がいちいち手元のメモを覗き込むような真似をするので、丸川の動き一つ伝える事ができない。 「沢田、蟹谷、いるか」  と、副署長が二人を呼びにやってきた。  怪訝な顔をしながらも、二人が立ち上がって部屋から出て行ったのを確認し、春夏秋冬の四人は身を寄せ合った。 「冬さん! 」 「もう抗争は間近だ。細かい経緯は省く。とにかく俺達は全力で六曜の暴発を阻止する。機動隊に話をつけ、本家ビルがある荒木町に厳戒態勢を敷くんだ。成田組に事務局長の菅原をやられたと丸川に丸め込まれ、既に六曜は戦争支度の最中でいきり立っている」 「でも、あの沢蟹コンビが……奴ら、丸川だけの犬なら、ここまで止める力ない筈ですけど。通話記録の傍受なんて、階級がもっと上じゃないと」  年下の秋草の意見に、春田が頷いた。 「だが、情報屋役の沢蟹コンビさえ消えれば、動いたもん勝ちだ」  実は主任であり警部補の階級にある春田が、全員に拳銃携帯を許可し、インカム、防弾チョッキの装備を命じた。 「行こう」  四谷署の副署長室に、沢蟹コンビがオドオドと所在なく立ち尽くしていた。副署長の黒檀の机の前に立っているのは、当人ではなく、本店の警備部警護課課長・霧生夏輝である。  更に見覚えのないスーツ姿の長身の男が1人、夏輝と並び立ち、鋭い眼光をメガネの下から放っていた。  監察官だ。全てを見抜く鋭い眼光、絶対に揺れぬ表情。間違いない。  制服姿の副署長・鰐淵が小太りの小兵だけに、上等なスーツに身を包む長身の2人が威圧的にすら感じる。  実際、夏輝の額にはしっかりと青筋が浮かんでいた。3人を部屋に押し込めてからドアを閉じて後ろに控える深海逸彦は、霧生夏輝がとてつもない怒りを孕んでいることが分かっていた。 「君達は、これから監察の監視下に入ることとなる。新宿東署の丸川達夫から何某かの利益供与があったのか否か、何故殊更執拗に霧生久紀と桔梗原鸞を監視したのか。ここの組対を機能不全に至らしめたのか」  他人事のような顔をしていた副署長の鰐淵が、年下の夏輝を侮るように鼻で笑った。 「いくら霧生君の兄だからと言って、畑違いの警視正殿が出る幕かね」  鰐淵は警視であり、夏輝の方が階級は上だが、年齢は自分が上だとばかりに腹を突き出して、鰐淵は夏輝を牽制した。 「鰐淵副署長……みどり銀行の口座に昨年から定期的に振り込まれているのは、老後の資金ですか……送金元が、金輪会の瀬古の息のかかった背乗り口座である事は、もう調べがついていますがね」 「な、なんでそれを……」  相手が年上だという事で一応の礼節を保っていた夏輝の顔から、僅かばかりの忖度すら消え失せた。 「ここにいる刀根(とね)監察官は、ハーバード時代の後輩だ。言い逃れは見苦しい」  ザマァ見ろ……逸彦は心の中で呟いた。 「深海君、ここの組対チームを頼む。動けるようにしてやってくれ。何某かの障害があれば、私の名前を出して善処してくれ給え」  自分の頭を超えて何を言うかと色をなす鰐淵に一瞥し、逸彦は夏輝に一礼して部屋を後にした。  外に出た途端、耳を(つんざ)く程の夏輝の雷が轟いた事は言うまでもない。  こういう時は圧倒的な力を使うに限る。久紀はその辺り、もっと素直に頼ったらいいのだ。鸞もだ。尤も、副総監を引っ張り出したら、警視庁がひっくり返る程の大事件に発展してしまうが……。  逸彦は久紀に連絡を入れた。 「呪いは解けたぞ。今からおまえの劇団四季が機動隊と六曜興業を固めるからな。成田組は捜一の安居姐さんが引き受けてくれる」 「逸彦」 「どうした」 「……俺は丸川を追う。あの野郎、この街でヤクザ相手に築いた伝手を使って逃げるつもりだ」 「丸腰だろう、危険だぞ」 「俺を誰だと思ってるんだよ。じゃ、後でな」 「後でって……おい、久紀!! 」  強い決意を秘めた低音を最後に、久紀は通話を切った。無情に画面から名前が消えたスマホを握りしめ、逸彦は目を閉じた。  あいつなら、どう動く……。
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