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20.相打ち
成田組は、気味が悪いほどに静まり返っていた。
安居は捜査本部から取調官以外の刑事達を引っ張り、機動隊に周辺を固めさせていた。
「上海から武器を仕入れるって、本当なの、そのネタ」
機動隊の指揮官と出世魚コンビと共に司令用のワンボックスカーに乗り込み、安居は顎を手で撫でていた。
「或いは、六曜興業を焚きつけるためのフェイクですかね」
「さあね……気味悪いんだよなぁ。今日の会長のスケジュールは」
東署の組対の刑事がタブレット端末を操作して答えた。
「午後2時から、中学生の孫娘のバレエの発表会ですね」
ヤクザの親分らしからぬ予定に、安居がズコッと右肩を崩した。
「はぁ? 」
「コンクールにも出るような腕前なんですよ。組の連中も応援してましてね、お嬢の発表会が終わるまでは動かないんじゃないですかね」
「マジか……一応女性警官を会場に先回りさせて。バレエの心得のある子には舞台裏に張り込ませるよう通達して。機動隊はこのまま待機、留守部隊に動きがないように注視。出世魚は私と一緒に来て、急いでホールに根回ししないと。組対は組長の動きにピッタリ張り付いて。東署の強行犯、組には必ず、菅原を弾いた三下が潜んでいる筈、張り込んで人着拾って。いたら緊逮! 」
矢継ぎ早にそれだけ指示すると、安居は電話で女性警官の増強を東署の副署長に依頼し、稲田と菅を連れてタクシーに乗り込んだ。
「初台、新国立劇場、急いで」
タクシーが走り出したと同時に、稲田が逸彦に次第を知らせた。
一方の六曜興業も静まり返っていた。
四谷署の組対と機動隊を中心とした警察官がバリケードを築き、ビルから構成員が出てくるのを制御していた。
久紀だけでなく鸞もいない。丸川が地下に潜ったと言っていたが、二人一緒に丸川を追っているのか……。
「金輪会を弾いた瀬古の舎弟はこちらに匿われている筈です。人着取れたら検挙しますか」
冬村の言葉に、逸彦は顎を握りしめて考え込んだ。
「久紀なら……ちょっと待って、ごめん」
逸彦は稲田からの電話に応答した。
成田組組長の今後の予定を聞かされ、逸彦の顔が見る間に青くなった。
「成田組の組長が、これから新国立劇場に行く。孫娘のバレエの発表会だそうだ……六曜が襲撃に動くと想定して、配置をしよう。春夏秋冬、ここに残って人着確認と、注視。蜂の巣をつついたように動き始めたら、機動隊で制圧」
「警部は」
一つ、すっかり忘れていたことがあった。
安居に電話をかけ直し、花代の所在を確認した。昨晩までは東署でこってり絞られていたというが、本人に覚せい剤との関わりも使用歴もなく、また丸川との夫婦関係も冷え切っていて共犯関係は考えにくいと判断され、自宅に返されていた。勿論、刑事が自宅にも張り付いている筈だ。
逸彦は思いつくがまま、サイバー課の後輩に電話をした。
およそ歓迎しているとは思えない応対にも関わらず、逸彦は2つ、調査をねじ込んだ。
「こっちも暇じゃないんですけど……」
と言いながらも、手元で忙しくキーボードを操る音がする。
「ええ、確かに。花代は預金を引き出していますね、全額。それともう一つ、今日東京港に停泊しているのはインド船籍の貨物船、中国、シンガポールですね……あ、マニラ船籍もあるな」
「一番早く出港予定なのは」
「申告通りなら、フィリピン船籍です、午後2時」
それだ……瀬古はマニラのリゾート開発にも関わっていた。マニラへの渡航記録も群を抜いて多い。何某かのルートを持っていると見て間違いない。
「春さん、ここ、頼みます」
「え、深海警部」
「ちょっと気になることがある。多分、そこで久紀とも落ち合えると思う。人着確認できたら、根こそぎ緊逮!! 」
承知、という春田の声は既に遥か後方であった。
逸彦は豊洲の丸川家のマンションに向かった。
車寄せに捜査本部が借りているレンタカーを止め、ドアを開け放ったままエントランスに飛び込むと、刑事と一目でわかるスーツ姿の女性警察官がウロウロ歩き回っていた。
「捜一の深海、どうした」
「3係弓岡です。花代を見失いました、申し訳ありません」
「どうやって撒かれた」
「ピンクの服を着た同世代の女性が車で出たので、後を追いましたが別人で……ストーカーを撒きたいから、それを着て近所を歩いて一周するよう花代に頼まれたと……」
やられた……逸彦は側にあったゴミ箱をつい、蹴飛ばしてしまった。
「君達は本部に報告、東京港に人を派遣するよう、刑事部長に泣きついて」
「泣きつくって……は、はい」
憮然とした表情で女性警官は頷いた。どうせセクハラだの何ハラだの怒っているんだろうが、そんな忖度していられるか……逸彦は構わず車に乗り込んで急発進させた。
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