キスはドラゴンより強し!?

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 屋敷に入るとエントランスで父クロードが待ち構えていた。クロードはおっとりした母とは対照的に厳格で時間にかなり正確だ。門限ぎりぎりになってしまったから怒っているのだろう。 「ただいま帰りました、お父様」 「今何時だと思っている」  マリーはちらと柱時計を見る。六時をわずかに回っていた。 「六時です……」 「六時三分だ。六時までには帰るようにいつも言っているだろう。ラファラン伯爵の屋敷に行っていたのか?」 「はい。暗くなったのでガブリエルが送ってくれました」  父の眉間にしわが寄る。 「まさかそのままお帰ししたのか?」 「明日伺いますからご容赦くださいと伝えるように言われました」 「そうか。なら仕方ないな」  クロードはふと息をつく。ガブリエルの気まぐれで偶然と繋がった縁をクロードはどうにかして強固なものにしたいと思っているのはマリーも知っていた。あわよくばマリーがガブリエルに嫁げばいいと思っていることも。だが、そんなことは起こりえないとマリーは知っていた。ガブリエルはマリーを子供だとしか思っていない。 「マリー、少しはリリーを見習って娘らしい格好をしなさい。ラファラン伯爵もお喜びになるだろう」  クロードはそう言ってクラバットを整えながら去って行った。マリーはバカバカしいとため息をつく。どんなに豪華なドレスをまとっても姉のような美人にはなれないし、ガブリエルに釣り合う姫君に見えるようになることもない。そんなこと着てみなくてもわかる。だったら動きやすい飾り気のないドレスを着ているのが一番だ。  召使と大差ないドレスを着ているなと言われればまだ聞く耳を持てるのにと思いながら階段を駆け上がる。ガブリエルもたまにドレスをくれるが、マリーの気持をくんでフリルやリボンの少ないシンプルなドレスにしてくれる。ガブリエルは性格には難があるかもしれないが、それ以外では完璧だった。だから、欠点らしい欠点があると思ったことがない。  気遣い、マナー、頭脳、容姿、すべてが完璧で彼以外の男性はくすんで見える。ガブリエルと結婚したいとは欠片も思わないが、ほかの誰を見てもガブリエルより見劣りするのは間違いない。 「夢を見たって無駄なのよ」  マリーは部屋のドアを勢いよく開ける。部屋付きの召使いカミーユがほっとしたように笑った。 「無事帰られたのですね」 「カミーユは心配性ね。ガブリエルのところに行くだけで何かあるわけないじゃない」 「殿方は狼ですから」  マリーはその言葉に思わず吹き出す。カミーユは少し大げさなところがあるからそんなことを言い出したのだろう。 「ガブリエルに限ってそんなことはないわ。それに手がついたらお父様は大喜びよ」 「どうでしょうね」  カミーユはそう言ってくすくす笑いながら外出用のドレスから部屋着に着替えさせてくれた。 「ねぇ、カミーユはガブリエルがどうしてあんなに年齢を隠すか知っている?」 「眉唾な話ですが、ラファラン伯爵はドラゴンを殺して老いない呪いをかけられたのだとか、魔女をあの美貌でたぶらかして不老不死の薬を盗んだとか、本当はものすごい老人だとか、いろいろ噂はありますが、どうして隠されるのか正確なところは誰も知らないと思います」  確かにガブリエルは若々しく、まったく変わらない。初めて会った時には名声を手に入れていたから十代だとは思わなかったが、まったく何も知らなければ十八と言われても信じるだろう。そんな噂が出るほどガブリエルがかたくなに年齢を伏せている理由はわからない。普通であれば誰かしらおおよその年を知っていそうなものだが、ガブリエルの年齢は本当に誰も知らない。十数年ほど前不意と引っ越してきて、もともとは外国の伯爵だったとも聞く。であるのに国王の信頼は厚く、すぐにシュヴァリエの称号を与えられた。ガブリエルは何もかもが謎だった。 「隠していたら引っ込みがつかなくなったとかじゃないわよね……」 「さあ? 私の記憶にある範囲ではラファラン伯爵は突然引っ越していらしたとしか……」 「それが何年前なの?」 「お嬢様がお生まれになった年かと……」  カミーユは考えながら言葉を紡いだ。もうずっと昔の話だからはっきり覚えていないのだろう。 「そんなに前なのね……じゃあ最低でも四十近いのかしら?」 「そうなりますね。十代に見えますけども」 「やっぱり不老不死なのかしら……」  ぽつりと呟くと真面目な顔で聞いていたカミーユが吹き出した。 「まさか、そんなはずありませんよ」 「そうよね」  マリーもくすくす笑う。ガブリエルは妙に若作りなだけ、そう思うほうが自然だ。
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