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それから何度もガブリエルの姿が変わり、マリーはその都度キスで元に戻した。頻度は月に一回から二回でまるきり変わらない月もあれば、何度も変わってしまう月もある。変化がひどいとガブリエルは弱気になってしまうこともあったが、マリーに励まされて相変わらずの毎日を過ごしていた。ガブリエルの信頼が徐々に厚くなる手ごたえを感じていたが、それと同時に自分の感情に振り回されるようになっていた。
以前からガブリエルのことは好ましいと思っていた。それは否定しない。けれどときめくということはなく、友人や、教師として好きだった。今はそうではない。ガブリエルが特別な存在だと感じるようになってしまった。風変わりで面倒くさいだけだと思っていたガブリエルが隠し持っていた弱さにほだされたわけではない。ガブリエルが宣言通りにときめかせようとしてくるからそれに流されているのだと思いたい。
以前はしなかったちょっとした気遣い。時折挟まれるロマンチックな会話。どこか物憂げで切なそうな微笑み。ガブリエルの策略にものの見事にはまっているという事実に腹が立つ。ガブリエルは相変わらず曖昧に言葉を濁すだけで本心はわからない。マリーも告げていないのだから当然ではあるのだが。
「少しくらい教えてくれたっていいじゃない……」
ぶすっと呟いて机に伏す。もう少ししたらガブリエルが来る時間になるから勉強用の部屋に出てきたが、気持ちが全然切り替わらない。今日はマリーの十七歳の誕生日だった。だからなおさら複雑なのもあるかもしれない。
やはり十四も下の子供で、小柄で特に美人でもない自分など当代一の美男子の呼び声高いガブリエルは何とも思っていないのだろうか。
「聞いてみたらいいのかしら……」
「なにを?」
「私のこと、本当はどう思っているのかって……」
ぼんやりと答えてからマリーは驚いて体を起こす。いつの間に来たのかガブリエルが向かいの椅子に座っていた。
「ガ、ガブリエル! いつの間に?」
「たった今来たところ。考え事してたみたいで声をかけたのに気付いてくれないんだもの」
「そ、そうだったの? ごめんなさいね、ガブリエル。ご機嫌いかが?」
自分でも会話が不自然になっていることに気付いていたが、動揺が止まらない。もはや告白を聞かれてしまったようなものだ。
「思ったより君が僕を好きみたいでご機嫌だよ。君はいかがかな? 僕の天使」
手の甲に口づけを落とされてマリーは頬を真っ赤に染める。やはりガブリエルに察せられている。
「あなたが来たからよくはないわ」
「素直じゃないなぁ」
「あなたに言われたくない!」
突然のことに自分の感情がもう隠しきれていないとわかっていても言い返すのがやめられなかった。不意にガブリエルが長くてきれいな人差し指を口に押し付けてきた。
「黙って。大丈夫。君の本心を暴き立てるなんてことはしないよ、マリー=アンジュ。僕の本心、聞きたい?」
ブルーグレーの目で優しく見つめられてマリーは思わず頭を振る。ガブリエルはくすりと笑って指を引いた。
「プロポーズなら聞いてあげる」
「そっか」
ガブリエルはくすりと笑ってリボンがかけられた小箱を机に置いた。
「十七歳の誕生日おめでとう、僕の天使。パーティーじゃゆっくり渡せないから今渡すよ」
「ありがとう……覚えていてくれたのね……」
招待はしたが、昨日も普通に帰って行っていつも通りの時間にやって来たから忘れられているのだとばかり思っていた。
「僕の天使の大切な誕生日を忘れるわけがないじゃない」
笑いながら鼻をつんと突かれてマリーはふと笑う。
「大好きよ、ガブリエル」
「僕も大好きだよ。ね、開けてみて」
ガブリエルに促されて包みを開けると繊細な細工でいくつもの宝石がちりばめられたティアラが入っていた。メインを飾る宝石はマリーの目の色とよく似たエメラルドのようだ。あまり華美ではなく、シンプルだが、特別な品なのはよくわかる。ガブリエルが自分のために用意してくれたのもわかったが、似合うとは思えなかった。
「すごく素敵……」
「つけてあげてもいい?」
「私には似合わないわ……」
「君に似合うように選んだんだよ。僕を信じてくれないの?」
「だって……」
ガブリエルが不意と頬に触れてきた。透き通ったブルーグレーの瞳でまっすぐに見つめられて、マリーは何も言えなくなった。
「きらきら光るエメラルドの目は大きくてかわいいし、小さなお口は見た目に反して強気で文句ばっかり言ってくるけど、ぷっくりしてて僕は好き。つんとしたお鼻はそばかすがあって愛しいし、このほっぺはたまにバラ色に染まるんだ。マリー=アンジュ、僕の天使、君は美人じゃないかもしれないけどかわいいよ。実はドレスも用意してある。きっと君は誕生日パーティでも質素なのを着ちゃうだろうから主役にふさわしい、君に似合うドレスを僕が選んだんだ。着て見せてくれるよね?」
「似合わなくても笑わない?」
「僕を信じて、マリー」
マリーは泣きそうになりながら笑って見せる。ガブリエルがここまで言葉を尽くしてくれて、用意してくれたのだから信じて報いたい。
「キスしてくれる?」
「もちろん」
ガブリエルは額に口づけをくれた。少しだけガブリエルの言っていることを信じられそうな気がする。
「唇にはくれないの?」
「今はダメ」
「ケチ」
「カミーユにドレスを預けてきたから着替えてきて」
「わかったわ」
マリーはふと息をついて、部屋に戻る。ガブリエルはよくほめてくれる。その気持ちに応えたいと思っても姉と比べられてねじれた心が否定してしまう。ガブリエルと本当に気持ちが通じ合えたら変われるのだろうか。
カミーユがすぐに着られるように用意していたのは最近はやり始めたばかりのデザインのドレスだった。マリーが好きな鮮やかなオレンジで、優雅でたっぷりしたパフスリーブにプリンセスラインのスカート。控えめなフリルが上品で大人っぽい印象を添える。だが、腰についた大きなリボンがどこかかわいらしい。ガブリエルには自分がこういう風に見えているのだろうか。ガブリエルが言うように自分がかわいいと思えたら、このドレスを素直に喜べたのだろう。そう思ったら涙があふれた。
無邪気に結婚してほしいなどとねだって、大騒ぎするうちに恋をしてしまったが、美しいガブリエルには到底釣り合わない。
「マリー様、いかがされました?」
「このドレスが似合うと思えなくて……カミーユもそう思うでしょ?」
カミーユは優しく微笑んで頭を撫でてくれた。
「そんなことございませんよ。マリー様はわたくし自慢のかわいいお嬢様です。ラファラン伯爵のお選びになったこのドレスをご着用になれば、きっと見違えるほどになられるでしょう。わたくしが化粧をして、髪を結いあげて差し上げましょう。大丈夫ですよ、マリー様」
「ありがとう、カミーユ」
いつも化粧などしていないが、してもらったら変わるかもしれない。マリーは涙をぐいと拭いて顔を上げる。
「今日はコルセットをしっかり締めて」
「よろしいのですか?」
「ええ」
マリーは窮屈なコルセットを嫌い、いつもはほとんど締めないか、着けていなかった。だが、今日はガブリエルが望むようにきれいに着飾って見せようと思った。ぎゅっと締め上げられて息が詰まりそうだと思ったが耐える。リリーはいつももっと締めているのだから我慢できないはずがない。ほんの少しでもいい、きれいに見られたい。ドレスに袖を通し、化粧をしてもらい、髪を結いあげられ、鏡の中の自分に微笑んでみる。やはり、そこにいるのはいつもの自分で似合っているとは思えなかった。目ばかり大きくて、鼻は低いし、唇は厚くて小さい。リリーのようにすっと通った鼻筋と薄く形のいい唇だったら似合ったのだろうか。
やっぱりドレスに着られているようにしか思えない。カミーユが言葉を尽くしてほめてくれるが、彼女は子供のころからそばに仕えてくれている召使でほめ言葉以外口にするはずがない。
「ねぇ、カミーユ、私どうしてリリーみたいに美人に生まれられなかったのかしら……」
「マリー様、確かにマリー様はリリー様のような美人ではありませんわ。でも、わたくしはマリー様が誰よりもおかわいらしいと思っています。ラファラン伯爵に見せてごらんなさいませ。きっとほめてくださいます」
「ガブリエルはどんな時もほめてくれるもの。自分で似合ってると思えないものはどうしようもないわ!」
「マリー様……」
八つ当たりだとわかっていても止まれなかった。結局自分は姉のような美人にはなれない。こぼれそうになった涙をこらえて扇を取ってもらう。
「ガブリエルをがっかりさせてくる」
扇で顔を隠してガブリエルが待っている隣の部屋に戻る。
「マリー、すごく素敵だよ。顔を見せてくれないの?」
「ねぇ、本当に笑わない? 全然似合ってないの」
「笑うわけないじゃない、僕の天使。僕にとって君はいつも世界で一番かわいいよ」
マリーは扇を閉じて泣きそうな顔で笑って見せる。
「本当にかわいい?」
ガブリエルは息をのみ、なかなか言葉を発さない。かすかな希望が失望に変わっていく。
「やっぱり似合わない?」
ガブリエルはぶんぶんと頭を振って口を開いた。
「違う! 断じて違うよ! 僕の天使はいつの間にこんなに素敵で美しいマドモアゼルに成長したんだろうって驚いてしまって……すごくきれいだ……似合ってるよ」
「本当に?」
「ねぇ、マリー、僕は適当なことは言うかもしれないけど、嘘は言わないんだ。ああ、僕の天使、ティアラをつけてあげてもいい?」
マリーが頷くとガブリエルは大きな手でそっとティアラを飾ってくれた。ガブリエルのどこか熱っぽい眼差しにその言葉を信じてもいいのだろうかと心が揺れる。
「きれいだよ、マリー。実はもう一つプレゼントがあるんだ」
「なに?」
ガブリエルは突然ひざまずいてマリーの手を取った。珍しく真剣なまなざしにマリーはドキリとする。
「マリー……今も僕にときめかない?」
「教えない」
ガブリエルは苦笑してマリーの手の甲にキスを落とす。
「君を……」
突然、美しい顔が苦痛にゆがむ。透き通ったブルーグレーの目が金色に変わっていた。
「なんで、今……っ、ぐ……」
「大丈夫よ。すぐキスしてあげるわ!」
ガブリエルは拒否するように顔を背け、這うようにマリーから離れる。
「あ、ぐ……ダメ、だっ……離れて、ァガぁあアあァあ!」
ガブリエルが絶叫した直後、そこには巨大なドラゴンが鎮座していた。黒々としてごつごつした身体、禍々しい角や翼。ガブリエルの面影は少しもない。巨大な体に押しつぶされたのか家具が砕ける音が響く。マリーの目の前には大木のように太い足がある。踏まれでもしたら間違いなく死んでしまうだろう。長く伸びた白い爪はマリーの足よりも大きい。マリーは思わず後ずさりそうになって前に出る。
「ガブリエル、あなたよね?」
黒いドラゴンは頷いてひどく悲しそうに鳴いた。ガブリエルの意識は残っているらしい。早く元に戻さないと誰かに見とがめられ、ガブリエルが殺されてしまうかもしれない。
「ガブリエル、頭を下げて、キスしてあげる。きっと元に戻れるわ!」
マリーが叫ぶとガブリエルはゆっくりと頭を振った。出て行こうとしているのか、向きを変えようとしたが、狭くて身動きが取れないらしい。黒々とした翼が天井をこすり、シャンデリアが不穏な音を立てる。
「あなたが信じなくても、私が信じてあげる! お願いよ! こっちに頭を下げて!」
ガブリエルがわずかに開けた口から炎が漏れる。熱風がマリーの頬を撫でた。火傷させるかもしれないことを恐れて頭を下げてくれないらしい。ガブリエルはもうこのまま殺されることを覚悟しているのかもしれない。そう思ったら恐怖よりも苛立ちが先に立った。まだ可能性があるかもしれないのに勝手に自分の結末を決めるなんて許せない。
「いいわ。私、あきらめが悪いの!」
マリーは歩きにくい靴を脱ぎ捨て、ドラゴンの足をよじ登る。頭を下げてくれないなら上って行くまでだ。ガブリエルはやめろと言いたげに足を動かしたり、うなったりしたが、狭い部屋で身動きができず、それ以上の抵抗はできないようだった。マリーに怪我をさせることを恐れてもいるのだろう。自分の身長よりも高くまで上ったのに、まだガブリエルの肩にさえたどり着かない。マリーはごつごつとしたでっぱりに手をかけて口を開く。
「ガブリエル、私ね、あなたにときめくようになったの。なんともないって思ってたキスがだんだん恥ずかしくなって、あなたがこれまでとは違う意味で好きなんだってわかった。だから……だからね! 答えを聞く前にドラゴンになってしまうなんて許さないわ!」
怯んだように鳴いたガブリエルの翼に手をかけ、どうにか肩に乗る。顔の高さがやっと同じになった。床が驚くほど遠くてあまりの高さにくらくらしそうだ。
「ほら、ここまで来てあげたわ! 今度はあなたの番よ! 大丈夫、あなたならできる!」
しばらく迷っているようだったが、ガブリエルはゆっくりと顔を近づけてきた。近くで見るとその口はマリーをひと飲みにできそうなほど大きく、鋭い牙が並んでいる。口からわずかに漏れる熱気がマリーの頬を撫でる。けれど、その金の目がためらいがちに悲しそうにしているのを見れば少しも怖くなかった。目の色が違っても、姿が違っても、そこにいるのはガブリエルなのだ。シュヴァリエとして気高くありながら、どこか情けなくて臆病でどうしようもないガブリエル。マリーがふわとほほ笑むとガブリエルはしっかりと口を閉じてキスできる位置で止まった。
「ガブリエル、大好きよ」
燃えるように熱い鼻先に触れながら口づけを落とすとガブリエルの姿が突然縮んだ。天井に押し付けられてしまっていたシャンデリアがガチャガチャと揺れ、マリーは落下するのを感じた。
「嘘でしょ!」
まさか一度のキスで元に戻るとは思わなかった。すがるものとてないマリーは墜落する覚悟を決めて目を閉じる。だが、痛みはやってこず、ふわりと体が浮くのを感じた。ガブリエルに抱き留められたらしい。
「まったく、無茶するんだから……」
少し気まずそうな声がすぐ上から聞こえ、マリーはゆっくりと目を開ける。ガブリエルのきれいな顔がそこにあった。いつものように少し困った顔で笑っている。
「ガブリエル! なんともない? 大丈夫?」
「平気。いつもより調子がいいくらい」
ガブリエルはマリーの頬に口づけを落とす。
「さっき言いかけたこと言い直していいかな?」
「ええ……」
ガブリエルのブルーグレーの目が真剣で、どこか熱っぽい色をはらむ。彼のそんな目を見るのは初めてでマリーはドキリとする。
「君に先を越されちゃったんだけど、マリー、僕も君と同じ気持ちで君が好き。僕と結婚してくれる?」
マリーは思わずガブリエルに抱き着く。
「ノンって言うと思う?」
「思わない!」
力強く抱きしめられてマリーは胸の奥が熱くなるのを感じた。
「私のシュヴァリエ、あなたと結婚するわ!」
「僕の天使、今幸せ?」
「幸せ! 最高の誕生日だわ!」
ガブリエルは嬉しそうに笑ってマリーを抱いたままくるくる回る。
「キスしていいかな?」
「ええ……」
そっと重ねた唇はしっとりとしていて甘く、胸の奥がとろとろと溶けていく。これまで重ねたキスとは全然違う。あれはきっと練習でしかなかったのだ。
「愛してるよ、僕のマリー」
「私も……」
もう一度抱きしめられて、口づけを落とされ、マリーは幸せで満たされていくのを感じた。ドレスが似合わないことなど些細なことのように思える。ガブリエルとならたまに喧嘩をしながら、幸せに暮らしていける。そんな気がした。
「君がいれば呪いが解ける気がするんだ。もちろん、それだけが理由じゃないよ。君のことが思っていたよりもずっと好きで、なのに、決めきれなくて、ちょっと恥ずかしい……実は背中が寒いんだ……」
マリーは思わず吹き出す。変化するとき、先に翼が生え、そのあと全体が変化したのだろう。結果、背中に大きな穴が開いているらしい。
「穴が開いちゃったのね」
「うん……一回帰らないと君の誕生日パーティーに出られそうにない……」
「私も靴がないの。ストッキングも裂けてるし」
「ああ、本当に格好悪い……全部整えたのに間が悪いったらないよ。君を部屋に運んであげたいのに、とりあえずマントを着て帰りたい……」
マリーはくすくす笑って、ガブリエルの頬に触れる。そんな情けないところまで愛しいと思ってしまうのだから困ったものだ。
「靴はこの部屋のどこかに落ちてるから履かせてくれれば自分で部屋に帰るわ」
「そうしてくれると助かる」
ガブリエルは一旦マリーを椅子に座らせようとしたが、家具は全部押しつぶされて壊れていた。
「みんな粉々……」
「本当に大きかったものね」
「今後は広間で暮らすよ……」
ガブリエルはため息をついて、マリーを膝に乗せて靴を履かせてくれた。
「すぐ戻るよ」
ガブリエルはマントを羽織って急いで去って行った。実は襟も焦げていたことを伝え忘れてしまったが、全部着替えてくるだろうから問題ないだろう。マリーは小さく笑って部屋に戻る。
「カミーユ、ストッキングが裂けちゃったの。新しいのを出して」
マリーを見たカミーユは唖然とした顔で手に持っていたものを落とした。
「ラファラン伯爵とお会いになっていただけではないのですか?」
「そうだけど?」
ドレスを見下ろしてカミーユが何でそんなことを聞いてきたのか理解した。きれいな刺繍が施されていたドレスはボロボロに裂けている。フリルもレースもズタズタだ。ドラゴンのごつごつした身体をよじ登ったからそのせいだろう。ガブリエルは顔しか見ていなかったから気付かなかったのかもしれない。
「あー……代わりになりそうなドレスってないわよね?」
「ございません……」
シンプルで飾り気のないドレスばかり着ていたから、ティアラに釣り合うドレスなどない。今日のために用意したドレスもシンプルなもので、釣り合いそうにない。二人で途方に暮れているとリリーが顔を出した。先日、結婚予定の伯爵と顔を合わせてからずいぶんと機嫌がいい。
「ねぇ、マリー、隣のお部屋どうしてあんなに家具が壊れているの? シャンデリアも落ちそうよ。それにドレスがボロボロだわ。素敵な色なのに」
どう説明しても伝わりそうにない。マリーはしどろもどろになりながら口を開く。
「その、ね……えーと、色々あって……リリー、このティアラに合いそうで私が着られそうなドレスってないわよね?」
「あるわよ」
こともなげに言われてマリーは驚く。
「私の誕生日の時にお揃いで着ましょってドレスを作ったのに似合わないって着てくれなかったのがあるじゃない。今着てるドレスほど合うとは思わないけど、いつものドレスよりはいいと思うわ」
そう言われて思い返せば、確かに色違いのお揃いでドレスを作ったが、着て並ぶ姿を想像したら引き立て役にしかなれないと思い至って、結局着られなかった。あれならばずっと華やかでティアラとも釣り合いそうだ。
「すぐに持ってこさせるわ」
あの時、着られなかったのは申し訳ないが、着られるものがあったことにマリーは安堵する。
「そのティアラ、とっても似合ってるわ。ラファラン様がくれたの?」
マリーは顔が赤くなるのがわかった。
「うふふ、お熱いわね」
リリーはそう言って去って行った。いろいろ察せられたらしい。
「マリー様、化粧と御髪を先に直してしまいましょう」
「お願い」
鏡の前に座ってリリーに笑われた意味を理解した。口紅がよれていてキスをしたことがわかってしまう。
「後で文句言わなきゃ」
カミーユは小さく笑って化粧を直してくれた。リリーがしまっておいてくれていたドレスはガブリエルのくれたドレスより見劣りしたが、前回着た時より、似合っている気がしてうれしくなる。愛する人に愛されているのだからそれでいい。そう思った。
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