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夕日が空を染めるころ、マリーの誕生日パーティーが始まった。すぐに戻るといった割にガブリエルが戻ってきたのはパーティーが始まる直前だった。髪が乱れていたから直していたら時間がかかってしまったのかもしれない。
「なんでドレス着替えちゃったの?」
ガブリエルに言われてマリーは乾いた笑いを漏らす。
「あなたのせいでボロボロになったからよ。素直に頭を下げてくれたらこんなことにはならなかったわ」
「ゴメン……今日は君の誕生日なのに壊し過ぎだね……ドレスも家具も新しいものをプレゼントするよ」
「別にいいわ。ずっとうれしいことがあったし。ねぇ、あなたの誕生日っていつなの?」
「今日だよ」
「え?」
ふざけているのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。
「今日なんだ。君と同じ」
「なにそれ……」
「運命みたいで素敵でしょ?」
ガブリエルにやさしく微笑まれて、マリーは笑みを返す。なんだか勝てそうにない。
「そうね。あなただけずっと知ってたなんて狡いわ」
「来年からは一緒にお祝いしよう」
「今年は祝わせてくれないの?」
ガブリエルはマリーの頬をやさしく撫でる。
「今年は特別なプレゼントをもうもらっちゃったから……そうだ、指輪渡し忘れてたね。はめてあげてもいい?」
「ここで?」
「うん。ここで。嫌?」
マリーは迷う。ここで受け取るということは婚約を公表するという意味だ。ガブリエルとの婚約に憂いがあるわけではないし、両親が反対するとも思えない。ただ、ガブリエルのような美男子と自分では釣り合わないと笑われるのではないかと怖かった。だが、時折ドラゴンに変身してしまうような欠点を持ったガブリエルと結婚できるのは自分だけだ。マリーはふと笑って、手を差し出す。
「いいわ。はめてくださる? シュヴァリエ・ラファラン」
「喜んで」
ガブリエルはマリーの手に口づけを落としてから青いマントを派手に翻してひざまずく。一瞬で視線が集まった。
「我が愛しき姫マリー=アンジュ・セラフィーヌ、私は今やあなたの虜……どうかあなたのしもべとして永久にそばにあることをお許しいただけないでしょうか?」
芝居がかった言葉と仕草にマリーはくすりと笑って、口を開く。
「私もあなたなしには生きて行けそうにありません。あなたの手で繋ぎ止めてください」
ガブリエルは手を取って指輪をはめてくれた。ダイヤモンドとエメラルドがきらりと輝く。ガブリエルは手を取ったまま立ち上がり、父クロードに視線を移した。
「セラフィーヌ子爵、マリー=アンジュとの結婚をお許しいただけるでしょうか?」
クロードは嬉しそうに笑って頷いた。
「もちろんですとも。娘の誕生日にこれほど素晴らしい報せが聞けるとは思いませんでした。ラファラン伯爵、娘を幸せにしてやってください」
「はい、必ず……」
胸に手を当てて頭を下げたガブリエルは感極まったように顔を上げて、マリーに口づけを落とした。祝福の拍手が打ち鳴らされる最中のことでマリーは顔を真っ赤に染める。
「ちょ、ちょっと、ガブリエル!」
「やっぱり我慢できない!」
ガブリエルはマリーを抱き上げて何度もキスを落とす。
「こんなにかわいいマドモアゼルが僕の婚約者だなんて嬉しくておかしくなりそう」
「あなたのマダムにする前に満足しちゃっていいの?」
「あー、ダメ、倒れそう」
「もう、大人の余裕はどうしちゃったの?」
「昼間に間違って壊しちゃったんじゃないかな?」
マリーはくすりと笑っておでこをつんと突く。
「ちゃんとしてくれなきゃ嫌よ」
「わかったよ。もう一回キスしてもいい?」
「してあげる」
ガブリエルはわずかに顔を赤くして、目を閉じた。マリーはくすりと笑って口づけをする。ドラゴンに変わっていないのにマリーからキスをするのは初めてで、特別だった。
「もう死んでもいい……」
「なに言ってるのよ。そろそろ下ろして」
「もう少しダメ?」
「ダメ」
やっと下ろしてくれたが、そばを離れる気はないらしい。
「素直になったら全然隠さないのね」
「いけない?」
「別に。ガブリエルが意外とかわいいなって思っただけよ」
「かわいいのは君でしょう? 僕はきれいなの」
マリーは思わず吹き出す。
「もう!」
「こんな僕は嫌い?」
「好きだから困っちゃう」
マリーがガブリエルにとんともたれると、そばに来ていたリリーに手を引っ張られた。
「ラファラン伯爵、マリーは私の妹なの。べたべたし過ぎよ」
「僕の婚約者だよ?」
「結婚前だもの」
それぞれに手を引かれてマリーは勢い良く手を引き抜く。
「もう、二人ともやめて。リリーはお祝いしてくれないの?」
リリーはふと笑って、マリーと額を合わせる。
「おめでとう、マリー。あなたも幸せになれるって知れてうれしいわ」
「ありがとう、リリー。もってことはお見合いうまくいったの?」
「ええ、とっても素敵な人だったの。きっと愛を育めると思うわ」
「よかった。おめでとう、リリー」
「ありがとう、マリー。幸せになりましょうね」
「ええ」
リリーのことが少し気がかりだったが、その幸せそうな笑みを見られて安心した。
「僕からもおめでとう、リリー。マリーが君の結婚の件でショックを受けて僕に結婚しろって脅迫してきたときはどうなるかと思ったけど」
その言葉にリリーが目を丸くする。
「マリー、そんなことしたの?」
「結局ガブリエルからプロポーズしてくれたからいいじゃない……」
声がついつい小さくなる。あの日、リリーが言外の言葉で発破をかけてきたように聞こえたのは気のせいだったのだろうか。
「まぁ、こうなってよかったからいいんだけどね」
ガブリエルはマリーを抱き寄せて頭を撫でる。リリーはそんな二人の姿にくすりと笑った。
「マリー、愛してるよ」
マリーは顔を真っ赤にする。幸せ過ぎておかしくなりそうだ。
その後、ガブリエルがドラゴンに変わってしまうことはなくなった。今度こそ本当に呪いが解けたのかもとガブリエルが笑った。マリーもそうだったらいいと願う。
マリーの十八の誕生日を待って二人は結婚した。ガブリエルは相変わらず変わらないままで呪いが完全に解けたわけではないらしい。それでも心なしか老け始め彼らは幸せな毎日を送っている。
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