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そろそろ来るかな、と壁の時計へ視線を向けたところで、タイミングよくインターフォンが鳴る。画面の右上には『玄関』の文字。合鍵を渡しているので入って来られるはずだが、オートロックのエントランスは抜けても、周は必ずドアの前でインターフォンを鳴らす。
――急に鍵が開いたらこわくない?
そう周は言っていたけど。何かに怯えるような年でもなければ、繊細な神経も持ち合わせていない。ただただ年下の恋人が可愛く、したいようにさせている。
「え、なに? 雨?」
いらっしゃい、と用意した言葉がすり替わる。
ドアの前に立っていた周はずぶ濡れだった。
「さっき急に降り出し……っしゅ」
「うわ、入って入って。タオル持ってくる」
降り出したばかりらしいが、雨音は耳を塞ぐほどで、ほんの一瞬ドアを開けただけでも、湿った香りと蒸し暑さが濃かった。
洗面所からタオルを取って戻ると、周が三和土の上でぼんやりと真上を見ている。
「これ使って」
タオルを差し出せば、パッとこちらに顔を向ける。ふわふわと柔らかかった髪は濡れて束を作り、先から頬へと雫を落とす。音さえない。それなのに、それだけのことに胸がざわつく。滴る水。佇む姿。記憶の糸が繋がりかける。
「誠一さん?」
周の声に意識が引き戻される。
「あ、えっと、シャワー使って」
「うん。……ありがとう」
落ちてくる光を受け止めながら、周が柔く微笑んだ。
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