ライト

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「誠一さん」  声に振り返れば、周の髪は濡れたままだった。 「あれ? ドライヤー気づかなかった?」  わかりやすいように洗面台に置いたはずだが。洗い物の手を止め、キッチンを出る。廊下とリビングを繋ぐドアのところで立ち止まったまま、周の視線は俺と背後を行き来する。 「誠一さん、こっち来てないよね?」 「ん? 周がシャワー浴びてるのを覗いたかってこと? さすがにそれはしてないけど」 「そうじゃなくて。玄関のほうに来たかってこと」  玄関、と付け加えられ、ようやく周の言いたいことがわかった。壁の時計を振り返れば、時刻は午後十一時ちょうど。 「ああ、ライト点いた?」 「え、う、うん」 「大丈夫。そのうち消えるから」 「待って。どういうこと?」  周の肩を廊下へと押し戻しながら、説明する。玄関のライトはすでに消えていた。 「俺にもよくわかんないんだけど、一週間前からかな? 十一時になると勝手に点くようになってさ」 「勝手に? 何か設定してるの?」 「いや、特には。人感センサーにしてはいるけど」 「知らない誰かが外から操作してるってこと?」  ああ、そういう発想もあるのか。決まった時間に点くのは確かに妙だが、放っておけば消えるし、実害はないに等しい。手動に切り替えることもできるが、帰宅時にスイッチを探す煩わしさを考えれば現状のままのほうが便利だ。ということを、周の髪を乾かしながら説明する。ドライヤーの音で聞きづらかったのだろう、何度か聞き返されたが、細く柔らかな髪がさらさらと指を抜ける頃には話し終えた。 「うーん、一回二回ならともかく、毎日なら管理会社には言ってもいいんじゃない?」 「そうだな。とりあえず言ってみるわ」 「……誠一さんって、意外とテキトーだよね」 「え、そう? わりと全体的にテキトーだけど」 「そっち?」 「気づかなかった?」  きゅっと唇を尖らせるのは、周が考え事をするときの癖だ。そんな些細なことに気づけるくらい一緒にいるのだと思ったら、愛おしさが込み上げてくる。  周は――周だけは、手放したくない、と。  愛おしさの奥で鳴った痛みに気づかないふりをする。 「そう言われると、最初にお店に来たときもだいぶテキトーな格好だったような」 「ああ、そうかも。まさかこんな可愛い子に出会うと思ってなかったからな」  洗面台の鏡越しに合っていた目が、直に向かい合う。周の唇はまだ少し尖ったままだ。 「二回目以降はちゃんとしてたでしょ?」 「まあ……」  ほんの一瞬、洗面台に置かれたドライヤーへ落とされた視線が戻ってくる。頬が赤いのはシャワーのせいか、ドライヤーのせいか、それとも……。 「俺もシャワー浴びるね。冷蔵庫にある飲み物勝手に飲んでいいから。リビングでも寝室でも好きなところにいて」 「好きなところも何もないと思うんだけど……まだ」 「そう?」 「やっぱりテキトーだ」  ふわりと湿った空気が近づく。ボディソープの香りが鼻に触れ、柔らかな唇が重なる。 「早くしないと寝ちゃうよ」 「りょーかい」
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